やっぱり鉄分の濃い日々 ≫ 旅行記:2005年春・愛知県

2005年03月20日

■033.愛知県内東西南北へ:万博~リニモ編

少し間が開いてしまったが、セントレア編からの続き。

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きしめんを流しこんだ後はエキスポシャトルで万博八草、リニモで藤ヶ丘、地下鉄東山線で名古屋へ戻るという予定を立てていたので、中央線ホームの案内表示を見ると次のエキスポシャトルは高蔵寺まで各駅停車というタイプだった。
途中快速か特急に抜かれると思っていたのだが、この時は「しなの」の2分後に出るダイヤだったし、次の中央線快速は10分後だったので高蔵寺まで先行すると判断しそれに乗っていくことにした。

久しぶりに中央西線の名古屋口だったが、勝川付近の高架化工事は前回乗車した時と比べるとあまり進んでいない印象が…。何か特殊な事情でもあるのだろうか? 春日井付近の電車を模したトイレも確認し、高蔵寺までのんびり揺られた。
ここで乗務員はJR東海から愛知環状鉄道へ交換し、いよいよ万博八草までのノンストップ運転へ。
ただノンストップ運転といっても途中で愛知環状鉄道の普通列車と交換の必要があるため、途中駅で停車する(ドアは開かない)のだが……。
……てなことを考えているうちに万博八草に到着。名古屋から近いのは分かったけれど、中央線内も快速運転で速達化してほしかったのが素直な気分だった。

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万博八草に着いて1つだけ困ったことが。名古屋から青春18きっぷで乗車しており、高蔵寺~万博八草の乗車券を持っていなかった。万博八草駅で精算することにしたのだが、万博が始まったら大丈夫なのだろうか?とちょっと心配になってきた…。
実はというと、エキスポシャトルも走り始めたことだし名古屋駅の券売機(タッチパネル式)で万博八草までの乗車券を買おうと思ったら設定されていなかった、という訳で……。連絡会社線や企画乗車券を確かめてみても載っておらず、伊勢鉄道経由の乗車券は買えるのねと思いつつ少しがっかり。

窓口で青春18きっぷを見せて、高蔵寺~万博八草の運賃を払った後リニモの方へ。リニモはトランパスが使えるので名鉄のカードで自動改札を通り、電車を待った。リニモに限らず最近は名鉄・あおなみ線・地下鉄も共通カードが使えるようになってきたので便利になってきた。ただ名鉄は一部区間ではまだ使えないので、全線で使えるのはもう少し時間がかかりそう。

ホームに上がると、個人的には開業した頃のゆりかもめに雰囲気が何となく似ているかな?だった。ほどなくやって来た電車に乗りこみ、進行方向窓側のボックスシートを確保するとドアが閉まり、静かに出発した。リニモってこんなに静かなのか?という驚きの方が大きかったかもしれない。

途中万博会場を車窓越しに見てスケールの大きさに驚いたり、藤ヶ丘付近は地下区間で少し違和感を感じたりと飽きない(失礼)リニモ初乗車だった。ただ、個人的には地下鉄を万博会場付近まで延長した方が輸送力的にもバランスが取れるのでは?と思ったのも事実だった。
後日ニュースで藤ヶ丘駅でコミケみたいな長時間待ちがあったりと聞いて大丈夫か?と感じたし……。

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地下鉄東山線でまっすぐ名古屋へ向かうつもりだったが、名古屋在住の友人から連絡がありこちらへ来ているんなら会わないか?ってメールが来たので栄(実際は久屋大通が近いらしい)で待ち合わせすることにして、今池で桜通線に乗り換え久屋大通へ向かった。

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この辺りはプライベートなことなので省略するが、久しぶりに会ったのでバカ話で盛り上がったのは言うまでもなく(笑)
久屋大通から桜通線で名古屋へ向かうことにしたのだが、ホームで電車を待っていてもなかなか来ないので次第にイライラしてきて(苦笑)、時刻表を見たら10分おき……。どうも都内と同じ感覚で電車(桜通線は路線カラーが赤なのでこの場合は地下鉄丸ノ内線)を待っていたらしく反省……

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ほどなくやって来た電車に乗り、名古屋に着いたら予定していた新幹線より早いものに乗れそうだったので指定を変更してもらった。新幹線に乗り込むと疲れがドットと出てしまったようで、東京駅に到着する直前(有楽町駅を通過していたのは覚えている)まで爆睡してしまったことである……。(了)


ここまでおつきあい頂き、ありがとうございました。

ゆず posted at 23:39 | Com. [0] | Category : 旅行記:2005年春・愛知県

2005年03月14日

■029.愛知県内東西南北へ:セントレア編

小和田から乗っていた豊橋行は定時に新城についた。
ここで下車した訳は、知人が新城市の新城文化会館で行われる「飯田線情報の旅」に出展していたため、それの見学と挨拶を兼ねていたため。また先日の飯田線文化列車にも参加できず、一言謝っておきたかったのもあるし…

徒歩10分ぐらいで新城文化会館に到着、「飯田線情報の旅」が開催されている部屋に入るといらっしゃった。
遅れてやって来た知人とも雑談し、1時間で引き上げた。ちなみにこの「第18回奥三河芸能祭・第8回三遠南信伝統芸能フェスティバル開催 ~飯田線文化Part6~」、ポスターは165系が使われており、去年は113系だったが、それ以外はずっと165系が使われている。

次に出る豊橋行まであまり時間がなかったため、新城駅まで走ってやっと間に合った。
安心していると汗が流れ、しまいには花粉症の症状が出てしまい豊川手前までくしゃみが止まらなかった。この時期はどちらかというと、あまり外出したくないかなぁ…

豊橋に戻り、名鉄で中部国際空港まで行くことにした。時刻表を確認したら次の特急が中部国際空港行きだったので丁度良かった。

ミューチケットを確保して列車を待つと、ちょうど日車から甲種輸送が行われており、この日は横浜市営地下鉄の新車だった。

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12:15の中部国際空港行特急に乗り込む。特別車の方向幕が幕にしては色が少し薄いと思ったのでよく見たら、液晶式だった。液晶式は初めて見たのだが、これはLEDより良いかもしれない、と思った。種別の多い西武では役に立ちそうだが、フルカラーLEDの場合だとどうなるのだろうか?

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ここでもやはり寝てしまったらしく、金山での方向転換によって座席の向きを変えたのは覚えているのだが…(汗)
何か寝てばかりだな、私…

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降り返して左の2000系に乗りたかったのだが、既に指定席は満席。2200系はいつ来るか分からないので、さっき乗ってきた1000系(豊橋行)に乗った。神宮前までなので一般車の方で。
神宮前で岐阜方面行に乗り継いだのだが、やって来たのは1000特別車+1200一般車のごく普通の特急。珍車の引きはここでは弱いようである。パノラマスーパーや3300・3150といったステンレスカーにも乗ってみたかったのだが……次回以降に期待かな?

名鉄名古屋~JR名古屋と少し歩き、みどりの窓口に寄って帰りの新幹線指定券を確保。
中央線ホームに上がり、腹が減っていたので立ち食いそば屋できしめんを流し込み、エキスポシャトルを待った。

<愛知県内東西南北へ:万博~リニモ編へ続く>

ゆず posted at 22:39 | Com. [0] | Category : 旅行記:2005年春・愛知県

2005年03月13日

■028.愛知県内東西南北へ:飯田線編

画像が多いため重いかもしれません。ごめんなさいm(__)m

なんか辺りが騒がしいな…と思ったら豊橋に停車中だった。静岡や浜松も記憶に無いので眠れた方かな?と思う。
MLながらではコンパートメントにあたるとあまり眠れないのだが、今回はそうでもなかったらしい。

豊橋に停車中に目が覚めたということは…

(1)駅前のコンビニへ食料買出しに出かけて引き続き西を目指す
(2)豊橋で下車して飯田線方面へ寄り道する

の選択肢があるのだが、今回は迷わず(2)の『豊橋で下車して飯田線方面へ寄り道する』を選んだ。

豊橋の改札口を抜けて、まずは駅前のコンビニへ。食料と飲料を購入して、始発までまだ時間があるので2番線のベンチで流しこんだあと小説を読んだり駅を観察したりしている内に時間が経ち、119系が入線してきた。
今回は10時頃に新城へ行く予定を立てているので、どこか適当な駅で降り返そうと時刻表を読んでいたら、小和田駅で始発の天竜峡行を降りると20分弱と丁度いい時間に豊橋行がやってくるので小和田駅下車に決めた。小和田駅の両隣にある中井侍駅や大嵐駅もいいのだが、やはり小和田駅のほうが魅力がある。最近は『秘境駅』として有名だし、私自身小和田駅は随分行っていなかったので久しぶりに行ってみようと思った。

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ドアが開き、進行方向に向かって左側のボックスシートに陣取り、しばらくすると時間になり静かに豊橋駅を離れた。

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船町・下地と少し走っては駅に止まるという感じで、飯田線には駅の数がやたらと多い。全長195.7km中、実に94駅(豊橋・辰野含む)。これは飯田線が元々豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道・伊那電気鉄道と4つの私鉄で建設・開業されていったため。
右にカーブして東海道線と分かれると、すぐに名鉄とも分かれ、電車は天竜峡へ進む。

豊川に停車したのは覚えているけれど、この辺りからウトウトしてしまったらしく、水窪を出たあたりまで記憶に無かった。
この時点で下車予定の小和田まではあと2駅。危ないところだったかもしれない…(汗)

水窪を出ると飯田線では一番長い大原トンネル(5063m)に入り、トンネルに挟まれた大嵐に止まると次は小和田。またトンネルを幾つかくぐりしばらく走ると、小和田に着いた。

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この小和田駅は佐久間ダムが建設されたことによって集落の幾つかがダムに沈没してしまい、駅の周辺は人の営みは感じられず、車での乗り入れも現在は橋が崩落しているので不可能。駅から一番近い集落でさえ徒歩で1時間はかかる(途中駅から15~25分ほどの所に小和田周辺では唯一の家があるのだが)。

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オレ的秘境駅度No.1の小和田駅も、10年ほど前は雅子様が皇太子殿下と御成婚されるにあたりブームとなった時があった。

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駅に着くと、下車客は私だけかと思っていたら他にも2人いたのでびっくり。駅舎内に貼られている時刻表で豊橋行きの時刻を確認して、駅周辺を散歩?したり撮影したりとか。

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駅前には飲料の自動販売機があり、最後に補給されたのはいつになるのだろう?とか思ったり、

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意味不明な東屋に呆れたり(当時は大真面目だったのだろうけど)、

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駅にあったノートに書き込みしたり、色々撮影していると警報機が鳴って豊橋行がまもなく来ることを教えてくれた。

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今度は新城下車にしてあるので、右側のボックスに座り、天竜川など車窓の風景を眺めているうちに次第にまぶたがくっついてきてまた眠っていたらしい。

<愛知県内東西南北へ:セントレア編へ続く>

ゆず posted at 23:57 | Com. [0] | Category : 旅行記:2005年春・愛知県, 飯田線, 飯田線・小和田駅

■027.愛知県内東西南北へ:MLながら編

11日の帰宅時、会社の最寄駅のみどりの窓口で試しにMLながらの空きがあるかどうか聞いてみたところ、小田原までならコンパートメントに空きがあるというので速攻で確保。青春18きっぷもまだ購入していなかったので併せて購入した。

一旦家に戻り、出かける準備をして携帯のバッテリーも満タンにして、自宅最寄駅を10時に出る急行に乗車。

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飯能方の運転室直後の椅子(別名かぶりつき席ともいう)があいていたので、それに座って小説を読んでいたところ所沢到着の案内があり、それで車内を見回したら、上の画像のように4ドア車と同様に停車駅案内が貼られていた。それに加えて運転室直後の広告枠が連結面側に移動し、吊革も少し中央側になっていた。
4ドア車と同様に停車駅案内が貼られるようになったのは、今度のダイヤ改正前後からかもしれない。今までに無かった事なので違和感だらけだった。

途中駅で見かけた3000系のスカート取りつけ車(3009F)といい、最近は3ドア車の動きが激しいように思える。
池袋からは定期を持っているので有楽町線で有楽町まで出て、1駅山手線で東京まで戻った。

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そしたら一発で205系が来て、相変わらず珍車の引きの運の強さに驚くやら呆れるやら…(汗)

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駅売店で飲料を仕入れてしばらく待つと、神田寄りから373系が入線してきた。ドアが開き乗り込むと、連結面の扉に今度開催される「愛・地球博」のPRステッカーが…。以後乗車したJR東海の車両全てのドアにステッカー(飯田線編で紹介予定)が貼られていて、力の入りようが十分すぎるほど伝わってきた(^^;

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東京を出てしばらくウトウトしていたところ、横浜か戸塚の辺りで車内改札があり、それが終わると本格的に寝てしまったようである。下車駅はこの時は特に決めておらず、次に目が覚めた時に決めようってことで深い眠りに入っていった。

<愛知県内東西南北へ:飯田線編へ続く>

ゆず posted at 01:52 | Com. [0] | Category : 旅行記:2005年春・愛知県