やっぱり鉄分の濃い日々 ≫ 2009年12月
2009年12月26日
■753.ユクモノ、クルモノ2009
気がつけば、今年2009年もあと数日というところまで来てしまいました。今年1年の出来事を画像を交えながら振り返ってみたいと思います。
●ムーンライトながら季節化

個人的に1番大きかったのが、この「ムーンライトながら」の定期廃止および季節化。同時にJR東海の静岡車両区の373系からJR東日本の田町車両センターの183・189系に変わっています。
むしろ「青春18きっぷ」が使用可能なシーズンは満席の事が多いのですが、オフシーズンはそうでもなかったようで、空気輸送になっている事が多かったようです。9両編成(下りの名古屋→大垣は6両)で運行しているので、必要に応じて3両または6両に減車して運行していれば定期列車のままだったでしょうが……。
終着大垣で大阪方面の列車に接続していることもあり、大垣駅では西へ向かう乗客が大勢移動します。走る人が後を絶たないためか、No.008でも書いたように「構内10km/h以下」という標識があちこちに見られます。
373系と大垣で接続する大阪方面の列車(221系)の並びも過去のものになってしまいました。現在は183・189系が後を引き継いでいますが、それもいつまで見られるかどうか……
●四季彩引退

青梅線の青梅~奥多摩間に主に入っていた201系改造の展望型電車「四季彩」。
青梅線・五日市線線用の201系がE233系に置き換わった後も孤軍奮闘していましたが、老朽化には勝てなかったようで7月にさよなら運転を行い、引退しました。
「四季彩」亡き後の青梅線では新しい展望型電車が登場する気配は全くなく、少々淋しい感じもします。
●たま電車登場

和歌山県の和歌山と貴志を結ぶ和歌山電鐵。かつては南海電鉄の貴志川線でしたが、南海が貴志川線の廃線を表明したことにより存続運動が起き、岡山電気軌道が経営を引き継ぐことになって和歌山電鐵が設立されました。
貴志駅の駅長「たま」にちなんで、3月に2270系のうち1編成を改装したものが完成しデビューしました。
●京王井の頭線3000系減少

京王井の頭線で主力として長年にわたり活躍してきた3000系が、ここ最近の1000系仕様変更車の増備により急速に数を減らしつつあります。井の頭線ではATC化およびVVVF編成で統一されることになり、2010年までに全て姿を消す予定となっています。
画像の3773~以下6連も7月に運用を離脱、廃車となった模様です。現在残っている3000系は3778・3779の2編成のみのようです。
●阪神なんば線開業

3月20日に阪神西大阪線を延長する形で西九条~(近鉄)難波駅間が開業、同時に西大阪線は「阪神なんば線」と改称されました。近鉄奈良線との相互直通運転が始まり、近鉄車が阪神の三宮へ、阪神車が近鉄奈良へと姿を見せるようになりました。

阪神側は9000系と1000系といったステンレス車、近鉄側は奈良線・京都線に所属するシリーズ21車両(9020系・5820系・9820系)と1026系・1252系・5800系が乗り入れ対応になりました。
近鉄側のシリーズ21以外の乗入車は外観が他の近鉄線内専用車と見分けがつかないため、シリーズ21の乗入車も含めて阪神直通対応であることを示す蝶をあしらった小さいステッカーが前面に貼られています。

近鉄内での「快速急行」幕は赤地なのですが、阪神内では明るめの青地なので、どちらでも表示できるように両方用意されています。

また、阪神なんば線開業に併せて近鉄の上本町駅・近鉄難波駅がそれぞれ大阪上本町駅・大阪難波駅に改称されました。

1月に撮影した時の「難波」表示。
側面はこんな感じでした。いずれも現在は左に小さく「大阪」が入るようになっており、画像のようなこの表示は見ることはできません。
●東海道線全通120周年

東海道線が全通してから今年で120周年を迎えることに伴い、国府津車両センター所属のE217系2編成・E233系1編成に上のようなヘッドマークが装備されました。JR東海・JR西日本区間ではこのような装いが見られなかったことから、JR東日本単独のイベント(?)だったと思われます。
●銀河鉄道999のラッピングが西武に登場

西武では今後4年間の予定で、3011Fに銀河鉄道999のラッピングを施し走行させています。今までに西武ではこのような大規模なラッピング編成は存在していませんでしたので、登場時にはかなりインパクトがありました。
通常の3000系と運用は共通で、休日の快速急行で西武秩父まで入ることもあります。
●西武2005Fが池袋線に代走で登場

個人的には今年1番の出来事かもしれません。
通常は新宿線で走行する2000系2005Fが、11月23日と24日午前中の2日間、池袋線に貸し出しされて運用に入りました。2000系が池袋線を走行するだけでも珍しいのに、営業運転で池袋や豊島園などに入線するとなると、非常にとても稀なことです。どうやら20151Fが故障のため、急遽2005Fが池袋線に貸出された模様です。
当日はあちこちで2005Fが池袋線を営業運転で走行するシーンを記録しようとする方が大勢いました。
●西武101系、ツートンカラー復元

西武秩父線が開業して今年で40周年を迎えることから、新101系の2編成が登場時のツートンカラーに復元されました。当時新宿線所属だった271Fと多摩湖線のワンマン用261Fが選ばれました。
271Fは塗装復元と同時に池袋線に転属、代わりに277Fが新宿線に移動しています。
●207系900代引退

常磐緩行線~地下鉄千代田線用に登場した207系。輸送力増強として登場したもので、当時は新しい方式だったVVVF制御の効果の程を確かめるために1編成が製造されました。単純に輸送力増強だけが目的なら、203系が増備されていたはずです。
結果として1編成のみの製造で終わり、その後も細々と運用に就いていましたが、E233系2000代の登場により置き換えられることになり、12月5日に松戸~取手間でさよなら運転が実施されました。
このさよなら運転に乗車してきましたが、沿線は大変な人出でだったようで、線路立入がありその影響で往路が幾分遅れて運転されました。
取手まで往復した後は松戸車両センター内で参加者限定の撮影会が行われました。
●佐久間レールパーク閉園

11月に飯田線の中部天竜駅構内にある佐久間レールパークが閉園されることになり、それを記念して3月半ばぐらいから名古屋→中部天竜、中部天竜→豊橋の臨時快速「佐久間レールパーク号」が117系で運転されていました。

更に8月中旬ぐらいから117系S11編成と119系E4編成に登場時の塗装が復元され、8月29日と30日には両者が並べられて展示されるというイベントがありました。両編成はどちらも元の塗装には戻らず、リバイバルカラーのまま通常の運用に入っています。
恐らく引退時までこのままだと思われます。
●西武6000系からステンレスの原形編成消滅

池袋線所属の6000系は副都心線対応改造が進み、12月25日現在では6113Fが改造中、6151Fと6152Fの2編成が未対応のまま残っています。最後の原形編成である6113Fが12月14日頃に玉川上水に回送され入場したことから、池袋線からはステンレス車でかつ原形の編成が消滅しました。
新宿線の2編成は試作要素が強く、改造するにしても他の編成に比べて大規模になる見込みがあることから、当面の間はそのままかと思われます。
未改造車は「Y」マークが貼られ、かつ方向幕は古いタイプ(丸ゴシック体)をそのまま使用していました。現在の幕は種別の色が変わっているので、赤地の急行・通勤急行、薄い緑地の準急・通勤準急、青と赤地の快速急行の表示は6151F・6152Fが地上運用に入らない限り、原則として見ることはできません。
画像は5月に6113Fが地上運用に入り、快速急行として走っているのを偶然撮影することができたものです。
以上、徒然と2009年の出来事をまとめてみました。2010年がどんな年になるかは全く予想が付きませんが……
少し早いですが、2009年投稿のシメとさせていただきます。ではでは、良いお年を!
ゆず posted at 23:57 | Com. [0] | TB [0] | Category : その他
2009年12月15日
■752.副都心線対応になった6112F
12日はここ最近仕事が多忙で疲れていたため、完全オフにする予定で過ごしていました。携帯でネット巡回していたら、玉川上水で副都心線対応改造を受けていた6112Fがそろそろ出場しそうだという情報があったため、偵察を兼ねて見に行ってみることにしました。
自宅を出て、何度か乗り換えて小川駅についてふと気がついたのが……試運転の時刻を間違えていたということ。小川駅に着いた時にはもう拝島まで往復した時で、今更拝島まで行っても意味がないので新宿線方面へと進むことにしました。
小川駅のホーム案内機には乗る予定の西武新宿行の後に「回送」と表示されていたので、これで6112Fが来る可能性が高いと判断。駅で降りて走行写真を撮る時間もありませんでしたので、ひと駅進んで萩山駅進入のシーンを撮ることにしました。

6112F自体は新製配置が新宿線だったので、幾度か萩山へ顔を出していました。でも白顔になってからはこれが初めてです。
6112Fは萩山で数分停車していました。小平での平面交差を避けるためでしょうか?

2000系の4+4の玉川上水行と並んだ6112F。新宿線らしい光景が撮れたかな?と個人的に満足しています。
この後は上石神井まで行き、折り返して所沢へ向かい、再度折り返して小手指へと向かう予定になっているので、上石神井で折り返して所沢へと向かう6112Fを撮ることに。この後にやってきた電車で東伏見へと向かいました。
東伏見で降りて、線路沿いに武蔵関方面へと歩いて行くものの、これと言ったポイントが見当たらなかったので武蔵関第3号踏切まで来てしまいました。ここでは幾度なく桜の開花シーズンに撮影したことがあったので、撮りやすかったというのもあります。
新宿線の電車を撮影して時間を潰すうちに、白顔が遠くからやってくるのが分かりましたのでカメラを構えてスタンバイしました。

「試運転」が切れないよう、かつブレないようにシャッターの速度を選択して撮影したのが上の画像です。少し切れてしまいましたが、それでも読めるので良しとしましょう。

もう少し手前に引きつけてから再度撮影しました。
6112Fの次に入場したのは6113Fで、これにて池袋線の6000系ステンレス車から原形車が消滅しました。未改造の編成も6151F・6152Fの2編成のみとなり、地上運用で見かける機会は激減しています。有楽町線限定の運用も副都心線対応車が来ることが殆どで、見かけたら「ラッキー」というぐらいしか……
出場した翌日(13日)に78Mで副都心線渋谷へ往復してATC・ATOの性能確認をし、本日(15日)は54M運行に入っているのを確認しています。
ゆず posted at 23:52 | Com. [0] | TB [0] | Category : 大手私鉄:西武
2009年12月06日
■751.松戸車両センターへ
207系の旅を終えた後は、松戸車両センターへと徒歩で移動しました。
受付時に渡された地図を見ながら歩くこと15分ぐらい。松戸車両センターがようやく見えてきました。ようやく到着か……と思いながら門を通過しようとすると、チケットのチェックが。一般客が紛れないように厳重にチェックしているのでしょうね。チケットを見せて、弁当を頂いてから車両センターへの敷地内へ入りました。

休憩用に解放されていたE231系5連に乗り、まずは弁当を撮影します。「さよなら207系」ということで何から何まで207系づくしの弁当でした。弁当の右上に写っているのは「207」と模様を入れた羊羹でした。
とても美味しかったのは言うまでもなく。

休憩用に解放されていたのはこのE231系5連の2本でした。といっても15連のうち、手前の5連のみでした。右がマト121、左がマト131。
こういうのは車庫ならではの光景といえるでしょうか。車庫(会社によって車両区、車両センター、車両管理所など様々な呼び方はありますが)でこういうのが撮影可能なのは公開時しかなく、通常は滅多に撮れるものではありません。
弁当を頂いて腹がふくれた後は、撮影を開始します。

展示されていたのは、左からE231系(マト122)・203系(マト51)・209系(マト81)。

そして、E233系(マト1)・207系(マト71)でした。時間によって行先を色々と変えていたようで、撮影した当時はE233系が表参道→代々木公園、207系が明治神宮前→上野に変えられていました。

207系が定期列車で上野に顔を出したことは今まであったでしょうか……?

203系とE231系の方を振り返ると、こちらの方も行先が変えられていました。良く見るとE491系(East i-E)が。

203系と209系の並び。203系は今後E233系に置き換えられていく事が決まっています。209系はそのまま使うものと思われますけど、果たして?

来る者と去る者。

角度を変えて。

今回展示されていた5車種をまとめて。さすがにこれだけ揃うと威圧感というか……迫力を感じました。

他には103系さよなら運転・E231系デビュー・E233系デビュー時に使用されたヘッドマークが飾られていました。

クモヤ143-20も中身が公開されていました。こういう時でないと撮れないものが多いのですが、あくまでメインは207系なので、クモヤ143の方はまた機会があったら書きたいと思います。

職員の方の手作りと思われるポスター。休憩用として解放されていたE231系にも貼られていました。
撮影し終えたところで松戸車両センターを後にしました。
こうして207系は引退を迎えたわけですが、車内は最新の吊り広告がなされていましたので、予備車として待機している間はいつでも営業運転に入れるようになっていたものと思われます。今後は廃車になり長野?へ回送されるものと思われますが、廃車回送の時ぐらい静かに見送ってあげたいと感じたのは私だけではないはずです。
というのも、松戸~取手間を走行していた時に北柏~我孫子間で防護無線発動のために2回ほど停まりましたし、なんでもこれで千代田線や小田急線にも影響が出たとかでないとか。線路立入で逮捕者が出たとも聞きましたし、松戸では入線時や運転を終えて回送される時は罵声が酷かったです。
猪突猛進、とでも言うのかな?1つのことにだけ目が行って、周りのことは気にしていないってこと。せっかく企画してくださった方の心を踏みにじる行為であるようにも思えました。
今後中央線の201系・常磐線203系・京浜東北線209系が引退を迎えていくので、「さよなら運転」の企画はJR東日本に上がっているものと思いますけど、今回のような207系の件で今後一切やらない可能性が出てきました。
一部のマナーを守らない悪質な人が、こうして自分の首を絞めていることにいい加減気がついて欲しいものです。後味の悪さだけが残ったような、今回のさよなら運転でした。
ゆず posted at 23:26 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本
■750.「ありがとう207系の旅」に参加
常磐緩行線~地下鉄千代田線用として1986年に登場した207系900代がこのたび引退することになり、先日12月5日に松戸~取手間で団体列車という形でさよなら運転が実施されました。
上述のさよなら運転はびゅうプラザがネット限定で定員500名の募集をかけたところ、あっという間に完売してしまったとか。私は幸運にもゲットすることができ、参加代を支払いチケットが郵送で手元に届きました。参加当日を待つことにします。
んで当日。10:15頃から受付開始とあったのでそのぐらいに松戸駅に着くようにして家を出て、いざ現場に到着すると4・5番ホームの上野方は異常なほどの混み具合。
いったん改札を抜けて受付場所へと向かうと、こんなポスターが貼られていました。

受付を済ませて、記念サボやその他諸々を受け取ります。

指定された号車の列へと並びます。私は1号車でした。

ホームに入ると案内板にはこのような表示が。緩行線で団体列車自体が走行するのは滅多にないので貴重な表示かもしれません。
(英字は“PARTY”でした)

時間が来て、今日の主役である207系が静かに入ってきました。

前面・側面とも「団体」表示。

車内のこのプレートを見るのも今回が最後か?
時間になり、静かに松戸駅を離れました。列車番号は9145M。
そういえば207系自体は余り乗車したことがなかったなぁと思いつつ北松戸・馬橋と通過していきます。駅間は通常の列車より少しスピードを落として走行しているようで、駅を通過するときにはさらに低速になりました。
車窓から見ている限りでは各駅は撮影者で一杯だったのでやむを得ないかと思います。

途中どこかで常磐線(快速)の列車に抜かれました。この快速からはこちらにカメラを向けている人が目立っていました。駅間はそれほど撮影者は目立っていなかったものの、上述のように駅で撮影される方が多かった印象を持ちました。
北柏を通過して我孫子まであともう少しというところで、事件は起きました。急停車したと思ったら一向に動く気配がありません。これはおかしいと思って携帯で情報を集めてみたら、防護無線が発動したらしく、千代田線へと向かうメトロの6000系が見える位置で停まっています。なんでも撮影者が線路立入のためとか。呆れ果ててしまって運転再開を待つことにしました。
10分ぐらい経ってやっと動いたと思ったら、また急停車。再度防護無線が発動した模様で、車内には失笑が広がっていました。併せて15分ぐらい停まったと思いますが、その後は何事もなかったように運転を再開しました。我孫子も通過。

車庫(正式名称分からず→後ほど修正します)の脇を通過。快速線ではスーパーひたちが遅れを取り戻そうと疾走していきました。

日中は走行する機会のない緩行線の我孫子~取手にも入りました。そして天王台も通過。ホームにいた撮影者は各駅こんな感じでした。

そして、線路立入のおかげでやっと取手に到着。
線路立入をやらかした人は未確認ではありますが、逮捕されたとか。

各所でこのようなサボと車号を合わせたプチ撮影会ができていました。

車内に戻ると、参加者が持参されていた模型も展示されており、1枚撮影させていただきました。
時間が来て、9146Mに変えて再度取手から松戸へと戻ります。復路は何事もなく松戸に到着しました。

この後は参加者限定の松戸車両センター内への撮影会へと続きます。207系は到着してから1分ぐらいで回送されてしまいました。
<続く>