やっぱり鉄分の濃い日々 ≫ JR東日本
2010年10月17日
■794.さよなら中央線201系
中央線と言えばオレンジ、オレンジと言えば201系というイメージをお持ちではないかと思います。
その201系が今日で最後。どうしても撮りたかったので、本日は早起きして中央線に乗り込み山梨県方面へと行ってきました。国分寺から中央特快に乗り込み、高尾と大月で乗り換えて久しぶりに115系に揺られる事数十分。
当初の予定通り東山梨で下車して、目的のポイントへ向かったものの、撮影には適さない事が判明。こうなったら自力で探すしかありません。あちこち線路沿いに歩いて、結局山梨市駅からほど近い地点にあるポイントが撮れそうな雰囲気でしたので、そこで撮影する事にしました。

多少柵などが気になるところではありますが、贅沢は言えません。時間になりオレンジ色の電車が見えてきました。

後撃ち。
最後まで残っていたH7編成、この編成は豊田から松本まで団体列車に使用されました。松本到着後、そのまま長野まで回送される事になっています。恐らく長野到着後廃車され、解体に移るものと思われます。
中央線の201系はこれで全編成が姿を消した事になります。でもまだ実感がわきませんね。中央線のホームで快速や特快を待っていればふと現れそうな気が。そんな感じがまだしています。でも、明日から幾ら待ってもオレンジ色の201系がやって来る事はありません。その時になって初めて全編成無くなったと実感するのでしょうね。
中央線の201系は量産車が新製投入された頃からの付き合いなので、西武の黄色い電車と同様愛着がありました。101系が姿を消し、201系に統一されて国鉄は分割・民営化を迎えました。その後もスカート装備・前面に種別幕表示器取り付けなど変化はありました。あれほど沢山走っていた201系も、E233系が続々と投入されていく中で1編成ずつ減らしていき、いつの間にか最後の1編成のみとなってしまいました。そして、とうとう本日最後の日を迎えてしまいました。
色々とお世話になった電車なのでなにかと寂しさはあります。30年間余、本当にお疲れ様でした!そして、ありがとう。
ゆず posted at 23:54 | Category : JR東日本
2010年5月10日
■771.直江津にいた209系
話を3月連休の旅行に戻します。
長野から妙高3号で直江津に着くと、ホームの端から見慣れたこんなものが見えました。

1月で京浜東北線から姿を消した209系ですが、現在は房総地区の113系や211系を置き換えるために転用改造が進められています。
しかしながら、工場の改造能力にも限度があるので改造待ち中の編成は、あちこちに疎開留置されているようです。ここ直江津もその1つです。この他に私個人が見かけた場所としては桐生。ネットの他のブログを見ると遠くは青森や高萩などにいるそうで。

EF510とのツーショット。赤いEF510は日本海縦貫線でしか見られないものなので、ここが遠く東京の離れた地ということを実感させられました。
ここで昼食を摂った後は北陸本線を西へと向かいました。
ゆず posted at 00:58 | Com. [2] | Category : JR東日本
2010年5月 6日
■769.妙高号で直江津へ
朝飯を摂った後は、妙高号で直江津へ向かうことにしていました。
ちょうどその頃、大糸線北部では知人が撮影スタンバイしていると、或いは直江津から北陸本線で直江津へ向かっているとの知らせを受けていましたので、メールの返信したりしつつ時間が来るのを待ちました。
長野駅構内をぶらぶらしていると、こんな駅名標を発見。

長野と言えば善光寺。ということで善光寺をバックにした派手目?の駅名標が設置されていました。良く見ると字が微妙に読みづらいような? 背景の色もあるのでしょうけど、難しいところですね……

突然やって来たEF64-1000の重単。北長野から篠ノ井に向けて回送途中でしょうか?8770レの可能性もありますけど、はっきりとしたことは分かりません。愛知機関区所属の1040(前・原色)+1043(後ろ・更新)でした。
先のダイヤ改正でEF64は愛知機関区に集約され、これまで高崎機関区所属だった1000代は全機愛知機関区に転属となっています。このために1年少し前から愛知機関区配置だった1040と2月までは高崎所属の1043の重連が実現しています。

妙高3号は189系あさま色6連での運転でした。長野新幹線開業後、これまで在来線の「あさま」を担当していた一部の189系は編成を組み替えて快速妙高号に転用されました。その後停車駅が増えて、上りの2号を除いて各駅停車として運転されています。
それでも指定席が設定されているのは特急車が使用されているからでしょうか?
長野始発ということで指定席は確保しておらず、列の一番前に陣取っていたので、自由席の好みの席を悠々確保できました。

長野を発車してしばらくは右手に長野総合車両センターが広がります。工場部分(旧長野工場)には4扉車の製造によって編成を外れた山手線用のサハE230が数両連なって留置されていました。その後は解体されると思われ、製造後わずか5~6年で廃車になるというのは勿体ない気もしますが、他に転用先がないので仕方がないのでしょうね。

こうしているうちに直江津に到着。直江津まで信越本線を長野から辿ったのも実に久しぶりでした。
ここからは進路を西へ。
ゆず posted at 22:13 | Category : JR東日本, JR貨物
2010年5月 5日
■768.松本周りで長野へ
先の投稿より間隔が空いてしまい、申し訳ありませんでした。ではNo.767の続きをどうぞ。
白馬で一休みしたあとは松本に向かうことにして、南小谷始発の5350Mを待つことにします。ここで乗車券を買い直そう……と思ったら財布の底から青春18きっぷが出てきました。新宿からそれを使ってりゃ良かったんだけど後の祭り_| ̄|○
仕方なく青春18きっぷに日付を入れてもらって、5320Mを待ちます。すると信濃大町方からこんなのがやって来ました。

どうやら冬期は霜取りも兼ねて、折り返し南小谷2本目の上り列車用として送り込んでいるようです。画像の先頭車はクハなので、パンタを上げて限定運用をかけているようです。

クモハ側から。こちらが本来の集電用のパンタです。313系東海車のようにクモハにパンタを2基載せるという方法もあるのでしょうけど、画像を見る限りでは発電ブレーキ用の抵抗器が屋根に載っているので、クハ側に霜取り用パンタ搭載ということになったものと思われます。

5320Mに乗り込み、まずは信濃大町へ。E127系でした。白馬駅の時刻表を見る限りでは普通列車は全部ワンマンでしたので、通常は115系が白馬や南小谷まで入ることはないものと思われます。
上の画像は車内から見えた北アルプス。どこの山頂かは……詳しい方にお任せします(^^;

40分ほど揺られて信濃大町に到着。信濃大町の駅名標がLED発光のタイプに変えられていました。最近は都内でも続々と交換している駅が出ていますのであっという間に広がりそうな気も……。
信濃大町で乗り換えた塩尻行(1522M)は115系の3連でした。信濃大町を発車した後は適度な揺れでだんだん夢の世界へ……気がついたら松本の構内でした。塩尻行だったので危ないところでした(汗)
松本ではすぐに長野行が来るのでそれに乗って長野へ。朝食は長野で取ることに決めて、とりあえずは缶コーヒーで眠気を少しでも覚まそうとしました。でも睡魔は強かった。
気がついたら姨捨の構内でした。スイッチバックで残るところは今では少ないので、とりあえずは最後尾から発車するシーンを連続で。

左は交換していた松本方面行。信号機が黄色に変わり、車掌が前方を注視しながらゆっくりと走り始めました。

ポイントを幾つか渡り……

左にある引き込み線の方に入ります。

引き込み線の途中まで来た後、一旦停止してから長野方面へ向かって加速していきました。スイッチバックを体験する機会は余りないので良い機会になったかな?と思います。
(普段しなので通過する方が圧倒的に多いので……)

長野に到着。白馬から直通のバスに乗っていれば7時半頃には着いていたのですけど、急ぐような旅でもないので、たまには鈍行に揺られて旅をするのも悪くはないかな、と思います。

長野駅舎。個人的には新幹線が開通する前の、善光寺を模した仏閣型駅舎も好きだったかな。
長野では1時間ほど休憩タイムを取り、ここで朝食を取りました。
ゆず posted at 23:44 | Category : JR東日本
2010年4月 4日
■767.ムーンライト信州で白馬へ
183系化されたムーンライトえちごを見送った後は、いったん改札口を抜けて(池袋からSuicaで入場したままだった)、白馬までの乗車券を購入しようとしたらみどりの窓口が閉まってました。
営業時間が23:00までなのを失念しており、とりあえず券売機で1620円区間までの乗車券を購入してあとは現地か車内で精算すればイイやと思い券売機コーナーに向かったら、目に入ったのが指定券の券売機。これは白馬までの乗車券が購入可能なことを思い出し、即操作して購入しました。冷や汗書きました……。
(※実はこの時点で大きな誤りに気がつかなかった)

今宵の宿であるムーンライト信州が発着する新宿駅の9番線へと向かうと、そこには今到着したばかりのようで「回送」から「ムーンライト信州」への幕回しが始まりました。その間に出てくる絵柄が気になるのでしばらく先頭車のところでスタンバイ。

「はまかいじ」。長野の189系はN101編成のみ京浜東北線・根岸線のATC区間直通用として183系のATC車となっています。磯子だったかどこかは忘れましたが、田町の185系を使用した横浜地区→松本、松本→横浜地区に対して長野車は松本→横浜、横浜→松本と長野地区から横浜へと日帰りできるよう設定されたことがありました。
現在は田町の185系を使用して横浜から松本へと1往復するのみとなっています。

この色といえばやっぱり外せないのがこの「あさま」。L特急のマークがないなど、当時と違う部分はありますが、この組み合わせを見るとやはり懐かしさがこみ上げてきますね。リバイバル運転またやってくれないかなぁ……。碓氷峠を越えることはもう永遠に叶わないのですけど、碓氷峠を越える際のシーン派は昨日のように思い出すことができます。
このほかは「快速アルプス」、「おはようライナー」が出てきて「ムーンライト信州」の位置で止まりました。
時間が来て指定された号車に乗り込みます。車内改札を受けた後は立川に到着したような気もしますが、八王子から先は夢の世界でした。
少しショックを受けたような気がして目が覚めると信濃大町を出て行くところでした。辺りはまだ暗く、白馬に到着した時点でようやく明るくなってきました。

白馬まで来たのも久しぶりでした。この後は糸魚川を経て金沢方面へと向かう予定にしていますが、この日は南小谷~糸魚川間でキハ52の三重連が走る日だったため、南小谷へと向かうのは得策でないと判断して一旦松本へ向かうことにしました。

白馬までお世話になった189系(一部183系)。白馬上り初電が出る前に回送で松本へと向かってしまいました。回送を撮り終えてから一旦改札口を抜けました。
ゆず posted at 21:52 | Category : JR東日本
2010年3月28日
■766.183系化された「ムーンライトえちご」
先日のダイヤ改正で変化が見られた列車が幾つかありました。様々な列車で廃止になったり臨時になったりと色々とありましたが、新宿と新潟を結ぶ夜行快速「ムーンライトえちご」も変化が見られた1つです。
今まで金沢の489系で運転されていた「能登」が臨時化されると同時に新潟の485系に受持が変更となり、首都圏に乗り入れ可能(ATS-P装備車)な編成が限られることから、定期運用を持たず余裕のある183系に白矢が立ったものと思われます。183系の中でも、主に東大宮に常駐する幕張の編成が担当することになり、幕張車が他の運用に入る時は大宮車が代走するようです。
19日にたまたま新宿にいましたので、この日から183系化された「ムーンライトえちご」を見てきました。

この日の下り新潟行に入ったのは幕張の32編成。失礼ながら絵入りHMが用意されているとは思わず、ただ単に「快速」或いは「臨時」と表示されるものとばかり……

ホームを移動して編成全体を撮影。

乗務員室用扉のガラスには松本時代の編成表記が残っていました。「あずさ」「かいじ」は良く乗ったので懐かしかったです。

側面の方向幕。485時代と比べると青みが増したものになりました。でも485時代の方向幕って撮ってたかなぁ……探しているけど見つからないorz
183系に変わった「ムーンライトえちご」、乗る機会があれば利用しようと思っています。でも、座席に関しては165系時代と比べると後退したような感じもしますね。165系時代はグリーン車の発生したものを整備して利用していたので、普通車料金で(もと)グリーン座席に乗車できるうえ倒せる角度が大きかったので、165系時代は良く利用していました。
485系に変わってからは普通車が少しグレードダウンした気はしたものの、3000代と同様な座席に変わっており(座席がスライドできるタイプ)、倒せる角度は浅いものの個人的にはまあまあといった感じ。グリーン車も連結されていましたので、ぐっすり眠りたい時はそちらを利用していました。
183系だと見た感じ、簡リクの座席で165系時代と比べれば居住性は下がっていて、実際に利用するとなると「?」が付くかもしれません。例え新潟までの乗車時間が短くても、睡眠時間が短いのと長いのでは翌日の行動に差が大きく出やすいと個人的には感じています。座席のグレードが下がったことについて、この点だけは少々残念に思っています。
ただ臨時列車なのでいつでも乗れるというわけではなく、多客シーズン中心の運転なので予定が合えばできるだけ利用したいと思っています。
ゆず posted at 23:47 | Category : JR東日本
2010年2月11日
■761.中央線201系・愛されて30年
JR東日本では、さる2月1日から3月31日までの予定で残り2編成のみとなった中央快速用の201系前面に「201系・愛されて30年」というシール式のマークを付けて運転中です。
参考:「中央線201系・愛されて30年」キャンペーンを開催します(八王子支社のお知らせより)
E233系の投入が発表されてから幾度なく弊ブログでも取り上げてきましたが、武蔵小金井付近の高架化工事がほぼ終わりに近づいていることと、ダイヤ改正が近づいていることから201系自体3月までかなと思っていたのですが……先日発売された鉄道雑誌によれば、改正後も運用されるとのこと。ただし、別の鉄道雑誌では「恐らく検査期限までの夏までと思われる」という記述もありましたので、早めの記録が良さそうです。
国鉄最初のチョッパ車として「省エネ電車」の名のもと201系が誕生したのは1979(昭和54)年。試作車が落成し、数々の試験を経て量産車が1981年から制作されました。特快のマークを掲げて疾走する201系は、101系時代から含めると中央快速線の代名詞であったようにも思えます。
(E233系では前面の行先表示だけになってしまったので多少淋しいところはありますが……)
本日起床して201系の運用を確かめていたところ、H4編成が日中は武蔵小金井留置で午後から出庫するという情報を掴みましたので撮影に行っていきました。生憎の雨で物凄く寒かったので、武蔵小金井駅で簡単に駅撮りしただけですけども……

武蔵小金井始発の1564Tとして静かに入ってきたH4編成。

前面にはご覧のように向かって右下にハート型のシールがついています。H7編成の方は未確認ですが、H4のとは逆で赤地のデザインとなっているようです。
※参考:鉄道ピクトリアルNo.774 201系・203系特集号
ゆず posted at 23:33 | Category : JR東日本
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