やっぱり鉄分の濃い日々 ≫ JR東日本

2008年9月27日

■663.East-iE+マヤ50に遭遇

 前(No.662)でチラッと触れた件です。
 この日は2459レが目的でしたので、East-iE遭遇は全くの偶然でした。しかもマヤ50を連結しての走行となると、初めて見ました。

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北千住で偶然East-iEに遭遇

 East-iEことE491系は、老朽化したマヤ34形・443系の置換え用として2002年に誕生しました。3両編成を組み、勝田車両センターに配置されています。主にJR東日本の電化路線の信号・軌道・架線関係を検測するため、電化路線の各地に入線が可能なようにATS-P・Ps・ATCを搭載しているのが特徴です。似たような形式として、気動車のEast-iDキヤE193系があります。

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マヤ50も編成中に

 最初にEast-iEの3両だけかと思っていたら、前から3両目だけ屋根の形が違うので何かと思っていたらマヤ50でした。この日は建築限界測定車であるマヤ50を挟んで、測定を行っていたようです。
 マヤ50はオヤ31の後継としてオハフ50型から改造され当初はスヤ50と名乗っていましたが、East-iE・East-iDとの併結改造を受けた際に重量が増してマヤ50と形式が変わりました。マヤ50はオヤ31型のように建築限界内に収まっているかどうか矢羽根を多数広げて測定するわけではなく、光を照射しCCDカメラにより撮影解析して測定する測定器を搭載しています。このため車体のあちこちに多数の光放射器が装備されて独特の形態となっています。

 2459レに限らず、北千住に進入してくる常磐線下り列車はかなりのスピード(少なくとも75km/hはあったと思う)ですが、このEast-iE+マヤ50は低速での走行でした。このため5枚ぐらいは撮影できました。

 East-iEとEast-iD・マヤ50はJR東日本のあちこちを測定しており、というか鉄道ダイヤ情報に発売月の後半の測定ダイヤが掲載されていますので、その日の走行区間がある程度は分かるようになっています。月が変わってからの情報がないので神出鬼没のような感じもします。
 さて、次回に出会えるのはいつになるかな?

ゆず posted at 23:35 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本

2008年9月 1日

■655.ムーンライトながら、臨時化へ?

 本日9月1日は色々な意味での激震が走りました。政治的な話題は当ブログでは取り上げませんのでコチラの方を……。

 昼休みにネット巡回していた所、朝日新聞のサイトで見つけたある記事。それは、私にとってはとても衝撃的な内容でした。

「夜行「ムーンライトながら」臨時化へ 18きっぷで人気」

 東京―大垣駅(岐阜県)間を結び、かつて「大垣夜行」と呼ばれたJRの夜行快速「ムーンライトながら」の毎夜運行が今年度末で終わる可能性が強まっている。JR東日本とJR東海が取りやめの方向で検討しているからだ。

 青春18きっぷのシーズンには必ずといって良いほど利用しますし、飯田線訪問には豊橋での待ち時間が少しあるものの、豊橋6:00発の初電には間に合うので重宝していました。また、関西方面に行く時もこの「ながら」をまず利用します。
 ……といっても青春18きっぷシーズンの話で、オフシーズンの週末もたまに乗りますが、平日はどんな感じなのでしょう。乗ったことはありませんが、噂によるとほとんど空気輸送になっているのかも。

 ショックを受けながら上記asahi.comの記事を読み進めていくと、新幹線や飛行機、夜行バスに押されて乗客が減少し採算が取れなくなり、ブルトレの廃止と同じようにこの「ながら」も消えていく運命にあるのだそうです。
 ただ、列車そのものが廃止になるわけではなく、毎日運転を取りやめて週末または多客期シーズンの臨時列車に変わるようです。

 「ながら」の前身である165系時代の「大垣夜行」には大変お世話になりました。1シーズンに4回乗った記録もあるぐらいだし(爆)。大垣夜行だけでなく、当時はあちこちに乗車券だけで乗れる夜行列車も残っており、「山岳夜行」こと新宿~上諏訪(後に松本へ延長)、太公望列車こと新大阪~新宮の夜行。急行券もプラスするなら「八甲田」「津軽」「だいせん」「アルプス」「ちくま」etc...
 これらは全てこの10年で臨時化、あるいは廃止されてしまいました。

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 正式な発表はまだ先ですが、「ながら」利用回数は50回以上と思いますので、臨時化自体のニュースに衝撃的でした。最近は臨時の「ながら91号・92号」の運転日自体減少してきているので、本当にどうなるんだか……。飯田線初電に間に合う夜行がなくなるのは痛いです。
 今後は夜行バスを使うか、前日に豊橋入りしてホテルに宿泊するかのどっちかで。……ただでさえ18シーズンの「ながら」は指定券が取りにくいのに……

ゆず posted at 23:50 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本, JR東海

2008年8月24日

■651.東京総合車両センター「夏休みフェア」へ

 毎年、夏休みも終わりに近づいた8月の第4土曜日には東京総合車両センターで一般公開が行われますが、今年も開催されたので出かけてきました。というか今まで現地に行くチャンスがなかったので、今回が初めてです。

 13時半頃京浜東北線で大井町に着くと、ホームには「東京総合車両センター→」といった張り紙が随所にあり助かりました。初めて訪問するヒトとっては親切でありがたがったです。
 改札を抜けて見回すと、そこにも案内があり、路地裏としか思えない狭い通路を抜けて徒歩5分ぐらいで目的地へ到着しました。場所は頭の中には入っていたものの、実際に現地に行ってみると「あれ?」って思ってしまいます。今回がそのケースでした(汗)

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 入口で小さい団扇とマップを貰って、中を適当にうろつくことにしました。

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 更新改造中のクラY-28編成。E217系と209系500代は引き続きの使用が見込まれるので床下機器の更新工事が行われることになっています。実際、E217系では更新車が続々と登場しており、帯色が明るめの青とクリーム色に変わりました。

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 コツK19編成。こちらは重要部検査で、編成を組成し構内試運転をした後に出場といったところでしょうか?

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 トラバーサーにいたモハ20?-109。

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 メインイベント?となる車両の展示。今年はこのような車両が展示されていました。

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 上記の4編成並びの横には、EF58 61とクモハ12がいました。どうやら12052のようですが、10年ほど前まで鶴見線の武蔵白石-大川で使用されていました。武蔵白石駅構内にある大川方面への線路が急カーブで20メートル車が入線できず、このクモハ12が遅くまで使用されていたという経緯があります。
 現在では武蔵白石駅構内の大川方面へのホームが撤去されて支障がなくなったことから、103系や後の205系の入線が可能になりました。

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 EF58の中でもお召機として特別に整備された61号機が停まっていました。数あるお召列車を牽引してきたこの61号機も、E655系「和」の登場により保留車となってしまい現在は東京総合車両センターにて保管されているようです。
 美しい状態で展示されていた61号機、この先どうなるのか気になりますね。

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 京葉線用の201系(右)と東海道線用のE233系(左)。

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 高崎支社所属のお座敷列車「せせらぎ」(左)とPトップことEF65 501。

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 今春に検査を受けて出場したばかりなのでまだ美しい姿を保っています。かつてブルトレ牽引用として開発されたEF65 500代もこのJR貨物に在籍した車両の相次ぐ廃車により、この501号機だけが残るのみとなっています。
 Hゴムが黒いのは仕方ないとして、JRマークがないのは驚きでした。EL&SL奥利根号で使用されている12系客車も最近JRマークなしで出場したようですから、暫くは両方で美しい姿の組み合わせが楽しめそうです。

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 Pトップ・E233系・201系を横から。

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 その一方で片隅に留置(展示?)されていたもの。
 入換車化されたクモユニ143を先頭にクモヤ90・クモハ12053・101系改造の入換車……と続きます。

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 クモニ13007。クモニと聞けば私は飯田線で使用されていたクモニ13025・026の方を連想してしまいますが、クモニにはこのように17m車(11系?)から改造された切妻で貫通型のもいます。

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 試乗体験に使用されていたケヨの201系4連。

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 工場の片隅にはこんなのがいました。最近見かけないと思っていたウラ84編成(209-515)で、どうやら京葉線に転属して201系を置き換えるためにこのような改造を受けているようです。
 前面にはまだ京浜東北線のスカイブルーが残っていますが、既に側面は京葉線用の205系と同じワインレッドに張り替えられていました。

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 連結面側から。どうやら一月に1編成ずつ改造して続々京葉線に移動するようです。工場入口に貼られていた予定表によれば10月末までには3編成完了するようで、その時点では京浜東北線の500代も残り2編成となる可能性が高そうです。

 初めての東京総合車両センター見学でしたが、個人的には充実したひと時が過ごせました。また来年も出かけたいと思っています。

ゆず posted at 23:44 | Com. [0] | TB [2] | Category : JR東日本

2008年7月29日

■638.唯一の客車急行、「はまなす」

 青森では特に何もすることがなかったので、暫くは駅構内をぶらついていたりしているうちに22時近くになり、跨線橋にある案内器では「急行はまなす号は22時12分頃に入線します…」という旨の案内が流れ始めました。

 程なくして、DE10に牽かれて蟹田方から入線してきました。

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 跨線橋から青森ベイブリッジを遠景に青森駅で出発を待つシーン。

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 ホームの案内。種別が急行なのはだいぶ減ってしまい、この「はまなす」以外には「きたぐに」「つやま」「能登」しかありません。客車を使用した急行列車でさえこの「はまなす」が唯一の存在となってしまいました。

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 機関車の隣に連結されて函館方の先頭車?となるスハネフ14-550。1991年に「はまなす」に寝台車を連結するのに伴って、14系客車が不足していたことと、また余剰気味だったオハネフ25-200に発電機を搭載して14系に編入したもの。外観はスハネフ15を引戸にしたような感じです。

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 オハネ24-500。こちらはオハネ14を「北斗星」の増発用として24系客車に編入したもの。14系時代の車体をそのまま利用しているため、パッと見た感じでは白帯を金帯にしたオハネ14のようにも見えます。本家家元?のオハネ14がJR北海道では全廃されたため、貴重なオハネ14の生き残りとなっています。

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 カーペットカー。1997年に「はまなす」「海峡」用としてオハ14-512・515の2両が改造されました。今夜の宿がこれです。

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 カーペットカーの車内。急行料金+指定代だけで横になれるので人気が高く、「はまなす」はこのカーペットカーから満席になってゆきます。

 実は1ヶ月前から「はまなす」はカーペットカーに乗車しようと、前述の「リゾートしらかみ5号」と同じくみどりの窓口を見かけるたびに調べてもらいましたが、満席でなかなか指定席が取れません。保険用にとドリームカーの指定席は押さえてありましたが、それでも諦めきれなかったので、日本海側を北上中でも何回か調べてもらっていました。
 新宿や酒田でも×。秋田でもどうせ同じだろうと思い調べてもらったら「取れました」とのこと。思わず耳を疑いましたが、差し出された指定券には確かに「はまなすカーペット」と印字されていました。ドリームカーの方を払い戻してもらってから、青森で「はまなす」のカーペットカーに乗るのがますます楽しみになってきました。

 カーペットカー自体には「海峡」時代に1回乗車したことがあるので、7~8年ぶりの対面でしょうか。「海峡」時代は自由席でしたので、早いもの勝ちということで青森駅に早めに着くようにして、2階席を確保(階段で上がる方です)。
 この時は疲れていて横になりたかったので、プライバシーが確保される2階席を狙っていたのです。

 その時を思い出しながら、今回は階下席でしたので枕木方向に横になるタイプです。ミッドナイトの時と同じような感じかな?

 22:42になり静かに青森駅を離れました。すぐに車内改札があったのは覚えていますが、疲れていたのですぐに寝入ったようです。朧気ながらも蟹田駅での運転停車、青函トンネル通過は覚えていますが、ちょっとしたショックで目が覚めたら函館駅に停車中でした。
 1年半ぶりの北海道上陸を実感した瞬間です。それでもすぐに自席に戻るとまた寝てしまい、次に気がついたのは新札幌を出て複々線区間を走行中でした。

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 函館→札幌の牽引を担当したDD51 1148。でも何故ヘッドマークのイラストが傾いている………………?

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 札幌の駅名標。

ゆず posted at 22:53 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR北海道, JR東日本

2008年7月27日

■637.リゾートしらかみに乗る

 539Mで秋田に着いた後は、次の乗車予定の列車まで2時間半ほど時間があります。今回北海道に行くからには是非とも乗ってみたかったのがコレでした。

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 リゾートしらかみ。五能線の雄大な景色そのものを楽しむために誕生した列車です。誕生したのは10年ぐらい前ですが、年々人気が上昇していき指定券がなかなか取れない列車のひとつでもあります。
 今回秋田を通るに当たって、長年の願望でもあった五能線全線乗車を第一候補に予定を組み立てました。「リゾートしらかみ」は前述のように人気があるので、指定券は1ヶ月前の発売当日に前もって予約を受け付けている駅で予約を入れて発行を頼みましたが、いざ時間になると満席との返事でした。
 今回も無理かと思いつつ、この時は余目から陸羽西線~新庄~北上線~北上と東北本線に抜けて北上していくルートにしました。

 でもまだ諦めきれなかったので、みどりの窓口を見かけるたびに調べてもらいましたが満席。しかし、今月の15日に某駅で調べてもらったら空席が出ているとのこと。迷わず押さえてもらい即座に指定券を購入しました。

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 「リゾートしらかみ」5号まで時間があったので、1駅土崎まで進み「リゾートしらかみ」2号として秋田まであと一息のシーンを撮影しました。

 この日「リゾートしらかみ」2~5号に入っていたのは「くまげら」編成。「くまげら」編成自体は落成した当時に品川で展示が行われていますので、その時に撮影しています(No.253参照)。

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 「リゾートしらかみ」は秋田駅では乗車ホームが3番に固定されているようで、跨線橋にはこんな表示がありました。

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 「くまげら」編成のロゴ。

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 指定された3号車に乗車します。1号車と3号車はリクライニングシートの並ぶ車内で、こんな感じでした。

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 途中土崎付近で秋田車両センター(旧土崎工場)の様子が見えました。旧型客車とオハネ25、盛岡のキハ58の姿がありましたが、キハ58は解体されるようでところどころ部品が抜かれていました。
 オハネ25と旧型客車は検査か何かでしょうか?

 ……と、覚えているのはここぐらいまでで、いつの間にか寝入ってしまったようです。気がついたら五能線内を走行していました。東能代で向きが変わるはずですが、この時も目が覚めて椅子の向きを変えた記憶がかすかにあるような……

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 岩館~十二湖の間と思われます。 

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 ここでやっと目が覚めました。鰺ヶ沢に到着した時にはもう全体の2/3を消化していた頃で、日本海側の車窓を楽しめなかったのがちょっと名残です。でもまた訪問する口実が出来たので良し(?)としますかねw

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 五所川原まで来ると津軽鉄道の姿が見えました。津軽鉄道も1度は乗ってみたい路線ではありますが、いつになるやら?

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 川部を通り過ぎて弘前まで来ました。弘前も橋上駅舎化されてからは初めての訪問で、きれいになった構内に驚きながら、ここでホームに降りて気分転換。

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 ここで三度向きを変えて青森を目指します。

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 青森には19:32に到着。「リゾートしらかみ」5号と入れ違いに「日本海」が大阪に向けて発車していきました。青森も3年ぶりですが、肌寒かったので北の果てまで来たことを実感しました。

ゆず posted at 23:37 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本

2008年7月24日

■636.羽後国は701系に揺られて

 村上からの821Dで酒田に着いたのが8:18。一旦改札を抜けて、駅前のうどん屋で朝食を取りました。酒田に来た時はいつもこの店を利用します。10年ぶりぐらいでしたが、あまり変わっていなくてホッとしました。お腹が一杯になったところで再度北を目指します。

 酒田で暫く休んでいると、2番ホームに701系が入ってきました。時刻表を見ると東能代からのロングランで、701系もちょっと一息。

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 この701系、よく見るとこの10年の間に細かい所が結構変わっていました。パンタは下枠交差だったのがシングルアームに、スカートも209系やJR西の103・201系みたいなタイプだったのが排雪器と一体化した頑丈なものになっていました。

 ドア横のボタンを押して車内に入ると、ロングシートなのは変わりありませんが、登場時のピンクから緑色に変わっていました。これだけでも印象がだいぶ違ってきました。
 初めて701系に揺られた時は落ち着かなかったのに、今じゃ車内は落ち着いたような感じでした。登場してからもう15年近く経っていますから、ピンクのシートも黒ずんできて交換されたのかもしれません。

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 東北は関東とは違ってホームの高さが違っています。遅くまで客車の鈍行列車が残っていたのが関係していると思いますが、電車の床の方が高めになっています。ですので、ドアはホームの高さに合わせて低めなのでどうしても段差が出来てしまうため、ドア付近にはこのような注意書きがありました。

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 すっかり白化していた所属と定員を表すもの。登場したときは黒の文字でしたが、風雪に耐えているうちに次第に色が落ちて白くなってしまったのでしょうね。

 ここで簡単に701系について触れておきます。
 701系の登場前は、鈍行といえば羽越本線・奥羽本線・東北本線で50系客車(一部は12系客車、少数ながらディーゼルカーを使用した鈍行もあった)でした。この区間では機関車が牽引するわけですが、その機関車の老朽化が目立ってきたのと、終着駅では必ず機関車の付け替えが生じて非効率的なことと、客車は製造されてから10年程度でしたが非冷房でサービス上問題があったため、それらの解消のため開発・投入されたのが701系です。

 701系はまず最初に奥羽・羽越線に投入されて客車列車を駆逐した後は、東北本線の盛岡-青森にも仕様を変えたタイプが投入され、それらの線区では冷房化100%を達成しました。その後仙台地区にも老朽化した455系や715系の置換え用として投入され、現在に至ります。
 しかしながら、ロングシートでの投入は一部で反発があったようで、新聞の投稿欄にも載ったと当時の鉄道雑誌に取り上げられた記憶があります。

 539Mは酒田を定刻に出発すると、足取りも軽く秋田を目指します。酒田を出てから2つ目の南鳥海までは覚えているのですが、睡眠不足がたたって秋田近くまで爆睡していました。
 秋田まではなんだかあっという間だったような気がします。

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 秋田駅の駅名標。

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 すっかり秋田地区に馴染んだ701系。

ゆず posted at 22:48 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本

2008年7月22日

■635.新潟から酒田へ

 ムーンライトえちごに乗り、良く眠れたのか眠れなかったのか分からない状態で新潟に到着しました。
 新潟ではホームの向かい側に停車していた快速の村上行に乗り継ぎます。昔はそのまま村上まで直通していたのですが、いつからか新潟乗り換えになってしまいました。

 新潟で待機していた村上行(3921M)はE127系の6連。

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 時刻表で最初この3921Mを見たときは、115系かと思ったらそうでもなくE127系でした。3年前(No.119)に同じように「えちご」で新潟に着いたときはホームの向かい側に快速の村上行が停車していましたが、この時もE127系でした。「えちご」が新潟で分割された時以来、この快速にはE127系が入っているのでしょうかねぇ?

 「えちご」で到着してからこの快速の発車までは時間が無かったので急いで撮影してから車内に乗り込みました。分かりきったことではありますが、ロングシート。朝早かったということもあり、ウトウトしながら村上へ。たぶん115系が入ったとしても同様にウトウトしていたと思います。
※ロングかクロスかの是非を言っている訳ではありませんので誤解の無きよう。

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 村上で乗り継いだ酒田行(821D)は前方からキハ40+47+47の3連。この821Dは乗るたびに編成が変わっているような……キハ47ばかり4連のときもあれば、前から40+40+47+40の時もありました。
 でもなぜか2エンジン車に当たったことはないのですよね。キハ40はロング改造車でしたので、あまり良く見た記憶の無い羽越線の日本海側を堪能しようと思い、キハ47の進行方向に向かって左側のボックスシートを確保。村上を出ると暫くしてデッド・セクションを何事もなかったのかのように通過し、間島駅に到着しました。

 桑川駅付近では名勝「笹川流れ」が車窓に広がり、楽しませてくれます。その分地形が厳しいわけで、暫くはトンネルを出たり入ったりが続きます。

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 今川駅のホームにあった駅名標。海岸が近いせいか、錆があちこちに浮いていました。そういえば国鉄時代からそのまま残っている駅名標も最近ではあまり見かけなくなりました。分割・民営化されてJRになってからもう21年だし、残っている方が奇跡に近いのかも。
 関東地区でも探せばあるのですけどね。

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 あつみ温泉を出た辺りからだんだん眠くなってしまい、気がついたら酒田に到着していました。酒田に降りたのも10年ぶりぐらいでしょうか。酒田駅付近自体は2001年春に消滅した「白鳥」で通っていますので、それでもやはり久しぶりなのには変わりありません。

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 自動改札になっていたことに驚きながら改札を通り、まずは朝食を取るために駅舎を出ました。

ゆず posted at 23:54 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本

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