やっぱり鉄分の濃い日々 ≫ JR東海
2010年1月31日
■760.小和田駅へ。2010年1月編
311系の新快速を撮影した後は、飯田線の初電に乗って一路天竜峡へと向かいました。夜行バスで豊橋駅に着いたのが5:30頃だったものの、あまり眠れなかったので所々でウツラウツラ……。時折目が覚めましたが、基本的(?)には天竜峡に着く少し前まで寝ていました。
天竜峡で折り返し豊橋方面に向かおうにもまだ30分ほど時間がありますので、1425M→222Mで時又へ。事前に駅舎が改築されていたという情報を得ていたのでそれの確認というのもあります。222Mで天竜峡に着いた後は、ホームの向かいに止まっていた1506Mに乗ります。
この1506Mは改正前は534Mとして豊橋へ向かいましたが、中部天竜で特急伊那路の待避を行うため、中部天竜で打ち切って別列車扱いとしているようです(中部天竜駅構内の都合で、一旦引き上げて21Mと22Mが交換したあと、1506Mの編成が534Mとして再度入線して豊橋へと向かう)。
1時間ほど揺られて、本日2度目の小和田駅へ(1回目は501Mで通過したが夢の中)。停まってもすぐにドアは開きませんので、すぐ傍にいた車掌さんにきっぷを渡して、エアの抜けるような音を確認してからドアの取っ手をつまみ、ドアを開けます。下車するとそこにはひんやりとした空気があり、私の他にはだれも降りませんでした。
中部天竜へと向かう1506Mを見送ると、急に静かになりました。

小和田駅に降り立つのは、2008年2月以来でほぼ2年ぶりの訪問でした。(→No.557参照)
前回訪れた時は交換設備が撤去されて間もない頃でしたので、ポイントやら架線やらまだ残っていましたけど、今回訪れて見ると上りホームのあったところはすっかり何もなくなっていました。

気を取り直していつものように駅名標を撮影します。前回見た時は「(浜松市天竜区)」のところだけ上から貼られたような感じだったのに、やたらとオレンジが鮮やかなように見えたのでつい最近交換されたのでしょうか?

こちらは駅舎についていた駅名標。かなり使い込まれていたような感じですので、国鉄時代、それも旧型国電がまだツリカケ音を響かせていて有人時代(当時はタブレット交換だったので交換駅はみな有人だった)だったころから存在しているものでしょうか。

ホームにはこんなものがあります。小和田駅自体が飯田線内では静岡県の最北部に存在する駅なのですが、天竜川を挟んで愛知県と長野県に接しており(ちょうど愛知県と長野県の県境がある辺りに小和田駅がある)、このような「三県境界駅」という碑が建っています。(→マピオンの地図)

先ほど少し触れた「交換設備が撤去された」件。交換設備が無くなり、ただの棒線ホームとなったために、旧下りホームの豊橋方には停車位置目標が設けられました。奥には保線用車両の留置用と思われる分岐線とポイントが設けられています。
これについては前から存在していましたし、小和田の駅舎には保線区の休憩用と思われるスペースがあります。携帯電話も長い間圏外でしたが、いつからかは分かりませんがdocomoのFOMAが通じるようになっていました。生活の営みが殆ど見られない静かな駅(※)ですが、docomoが通じるのは保線区の方々が使用されるから?かもしれません。
※小和田駅から徒歩40分のところに一軒家が、更に30分ほどのところに数軒建つ集落がある

同じ位置から今度は辰野方を見てみます。右の旧上り線があったところは草むしており、架線や信号機が無くなっていました。しばらく撮影している内に、1両の停車位置目標のある辺りに建っている電柱に設置されている列車接近が鳴り始め、22Mが通過していきました。

通過の様子を撮影。少し傾いてしまっていますが……
上りの豊橋行が旧下りホームを通過していく様子はまだ見慣れなく、多少違和感を感じました。交換設備が撤去されてからもう2年経つのですけどね。

22Mが通過してから10分後、次の下り列車である511Mがやって来ました。1506Mで降りた時とは逆で、停止してから空気の抜ける音を確かめて、ドアの取っ手を掴んでドアを開けて、空いていたボックスシートに座ると電車は天竜峡へと向かって動き始めていました。
私と入れ違いで1名降りましたが、この方は以前TV番組で小和田駅を取り上げていた時に登場していた人で、郵便の配達のために小和田駅で下車し一軒家と集落へ配達へ向かうのでしょうね。
今回は撮影はしませんでしたけど、小和田駅は17年ほど前に皇太子殿下と雅子妃殿下がご成婚される際、雅子様の旧姓が「小和田」ということで有名になり駅前に幾つかオブジェ(?)が設置されました。
※雅子様の旧姓の読み方は「おわだ」
その後ブームが去り元の静かな駅に戻りつつありますが、最近では秘境駅で有名になり、たまに下車していく人を見かけるようになりました。今度小和田駅に行くのはいつになるかなと思いつつ、511Mの車内で小和田から目的地までの乗車券を車掌氏より購入して車窓に見入りました。
ゆず posted at 01:36 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, 飯田線・小和田駅, JR東海
2010年1月30日
■759.311系新快速を撮影する
23日に夜行バスを利用して久しぶりに飯田線沿線に出かけてきました。その前に豊橋駅で見たものを少々。
定刻通りに豊橋駅前に着き、駅前のコンビニで食料やら何やらを購入し、豊橋駅の改札前にあるみどりの窓口で乗車券を購入して改札を通ったのが朝の5:40頃。いつものように飯田線ホームに向かう途中に、東海道線下りホームに311系が停車しているのが見えました。
311系だから普通かな、と思い東海道線上りホームに移動してカメラをセッテイングしているとようやく前面の種別幕が「普通」でないことに気がつきました。種別幕がオレンジだったのでファインダーから目を離して良く見ると、そこには「新快速」を出した8連の311系が。

私自身、311系の新快速を見るのはかなり久しぶりだったので、これは「記録しておかなくては」という無意識の行動(謎)が出てしまい1・2シャッターを押しました。その時は313系か何かの代走かと思ったのですが、帰宅後に調べてみると豊橋5:47発の5301Fが311系での定期運用のようです。
311系は新快速用として登場したものの、313系が登場した辺りから次第に各駅停車中心の運用になり、最近では快速運用は数える程までに減少してしまいました。弊ブログで以前取り上げたナイスホリデー関連もその1つです。
311系の新快速運用は次回ダイヤ改正以降も残っているという保証がどこにもないため、見かけたら記録しておいた方が良いかもしれません。偶然とはいえ往年を彷彿とさせる8連の311系新快速を見かけることができたのはラッキーでした。
(22:45 誤字修正。御指摘下さった方に感謝申し上げます)
ゆず posted at 16:53 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2009年9月12日
■735.117系と119系の並び~revival of the color of the train~
中部天竜に着いた後は、この日メイン(?)のイベントである117系と119系の復元色の並びを撮影するために、駅の裏手にある小高い道路の所へ移動することにしました。
駅の裏手にある目的地へと着くと、どうやら117系が入れ替えを行っており、しばらく注目することに。534Mが出て行くと119系の所まで入ってきて、並びました。この時点で11:50頃だったと記憶しています。

リリースでは12:50~13:30の間に並べて停車すると書いてありましたが、1時間ほど時間を早めたようです。

117系と119系の並びをアップで。この塗装が普通に見られた頃は豊橋で日常的に展開していたと思いますが、今となっては原色に復元されたのはこの2編成だけですので、貴重な存在であるといえます。
佐久間レールパークの閉園に伴うイベントというのが淋しいのですが……117系と119系を登場時の塗装に復元するという英断を下してくださったJR東海の方には、心からの謝意を表したいと思います。実際、119系の登場時の塗装がまた見られるとは思ってもみなかったので、とても嬉しかったですね。
117系や119系自体、数年後には引退が予想されるので、後悔しないうちに今から撮れるだけ撮りたいとは思っていますが、どれぐらい遠征できるか……
ゆず posted at 14:08 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, JR東海
2009年9月 5日
■734.117系もリバイバルカラーに
間が空いてしまいましたが、8月29日の続きから。
119系と同様に117系も登場時の塗装に復元され、26日頃から運用に入っているようです。
29日と30日は佐久間レールパークの閉園に伴って行われたイベントの一環で、登場時の塗装になった117系と119系が中部天竜で並ぶという、というものが行われました。
119系の方は505Mで中部天竜に送り込む、というのは容易に想像できましたが、117系の方はどのようにして送り込むのか?よく考えれば「佐久間レールパーク号」しか無いわけでして。505Mを撮影し終わった後も、引き続き現地に留まって「佐久間レールパーク号」を待ちました。

やがてやって来た117系原色。良く見ると編成番号が「S11」でした。S11編成は8日の朝にも名古屋駅で撮影しており、まさか同編成が塗り替えられるとは思ってもみなかったので驚きでした。
近畿の草津線・湖西線などではごく普通に見ることのできる117系原色ですが、東海エリアで見るのは初めて。
撮影し終わって、これから中部天竜へ向かおうかと思ったときに駅の方をみると、まだ先ほどの「佐久間レールパーク号」が停車しているではありませんか。じっくり撮れるチャンスと思い、駅へ急ぎました。

まずは豊橋側から。

こちらは辰野側から。どうやら520Mの交換待ちのため、東上では数分停車するダイヤになっているようです。臨時列車であるが故に、設定には苦労がありそうでした。

伊那路1号で中部天竜に着くと、豊橋側の先頭車はHMが外されて、117系が登場した当時に設定されていた「東海ライナー」の幕が。といっても登場当時の幕は交換されてしまって現存しないので、シールか何かで貼り付けていたようです。

リバイバル塗装の証拠(?)。小さいオレンジ色のJRマークと「海カキ」の組み合わせ。登場時は「名カキ」だったはずですので。
ゆず posted at 13:24 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, JR東海
2009年8月30日
■733.スカイブルー再び!飯田線119系
この週末は飯田線へと行ってきました。
というのも、ある日JR東海のサイトを見ていたら、「「佐久間レールパーク夏休みイベント」について」の中に気になる文章が。
◆中部天竜駅で117系デビュー色と119系デビュー色が並列(8/29・30)
117系1編成と119系1編成をデビュー当時の塗色にいたします。この両車両が、中部天竜駅ホームで12:50~13:30頃の間、並んで停車いたします。
117系のデビュー当時の塗装は関西圏(湖西線、草津線など)でまだ見ることができるし、117系の一部は原色のまま下関に転じて新山口-下関のローカル運用に就いています。
その一方で119系のデビュー当時の塗装と言えば、スカイブルーに明るい灰色の帯しか思い浮かびませんでした。「するがシャトル」色は新製してから約4年後に東海道線に転用されたときに変更されたものなので当てはまらないし……。なお、スカイブルーは天竜川にちなんだもの、とも言われています。
身延線の開通70周年の時に115系1編成を期間限定でワインレッドに復元しているので、飯田線でもやらないかな?と思っていた頃、飯田線開通60周年&70周年の時はやらなかったのでもうこのスカイブルーの塗装を見ることができないのかと思っていた矢先のニュースでしたので、とても嬉しく思いました。
去る19日頃にスカイブルーに復元されたE4編成をネットで見つけて、1日も早く対面したい気持ちでした。それを我慢して日が経つのを待ち、28日の夜に高速バスで東京を発ち豊橋まで一直線。駅前のコンビニで食料を仕入れて、初電501Mでとりあえずは北へと向かいました。
どこで降りて撮影するか悩んだあげく、501Mの車窓からロケハンしながら人がいなかった東上で下車し駅近くの踏切で撮影することに。この日は505M~548Mに入ると踏んでいたので、それまでは他の列車を撮影しながら時間をつぶしました。

時間になり、上の画像奥にチラッと見えている踏切が鳴り始め、ファインダー越しにスカイブルーの車体が見えました。そして、撮影している地点を過ぎてからスピードを少し落として東上駅構内に入ってゆきました。この間は時間にして1分にも満たなかったかと思いますが、久しぶりに対面したスカイブルーの119系に感動。もう何十年ぶりでしょうか?
その後も東上で撮影して、117系を見届けてから515Mで本長篠へ。本長篠からは伊那路1号で北上します。ここまでは先月訪問した際と同じですが、1つだけ違うのは伊那路の混雑度。伊那路はどんな時期に乗ってもまず座れないと言うことはなかったのですが、この日乗車した1号は既に指定席と自由席は満杯、デッキにまで立ち客がいるという状況でした。
今までに経験したことのない伊那路の混雑に驚きながら、デッキに立って30分あまりを過ごします。

中部天竜に着くと、2番ホーム側の側線にはこのような感じで停められていました。いつもと停車位置が違いますが、この日は後日上げる予定の117系オリジナル色との並びが、前もってJR東海のサイトで予告されていましたので、こうなったようです。

534Mに入るM4編成ほかと並んだE4編成。

いったん改札を抜けて、駅の裏側にある道路へと向かいました。この道路は高めの所に位置しているので、このように俯瞰気味で撮ることができます。私がポイントへ着いたときには534Mが発車していこうとしているところで、慌てて撮りました。

ここでじっくりと観察してみます。豊橋方のクモハ119-5008。

辰野方のクハ118-5006側から編成全体を見てみます。
登場当時は非冷房であったため、最初復元されたE4編成の画像を見たとき、冷房装置の載っている屋根、灰色の床下には違和感を覚えましたが今ではその様なことは些細なこととして気にしなくなりました。

伊那路2号とE4編成の並び。「伊那路」登場当時に119系のスカイブルーとの並びが見られるとは誰が予想したでしょうか?

側面の方向幕とスカイブルー部分。方向幕も交換されてしまっていますので、新製当初からの方向幕を装備する編成は存在しません。

リバイバルであることを強く実感した部分。「海カキ」にオレンジのJRマークは、今までのスカイブルー塗装車にはなかったものです。
(今までにスカイブルー車と静トヨ表記・静シス表記・白いJRマークの組み合わせは存在した)
今回復活したスカイブルーはいつまで走るかは分かりませんが、また機会があれば飯田線を訪れて撮影したいと思っています。
ゆず posted at 23:41 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, JR東海
2009年8月22日
■732.佐久間レールパーク号運転中・その2
しばらく間が空いてしまい申し訳ありません。
国盗りがあまりにも面白くて、放置気味になってしまいましたm(_ _)m
8月8日の朝は名古屋におり、ちょうど「佐久間レールパーク」号が入ってくる時間でしたので、撮影してみました。前回撮影したとき(No.731参照)とは違って、ヘッドマークの柄が変わっていました。
この後、9月分はヘッドマークの柄が一般公募されたものに変わるようです。JR東海のリリースを読む限りですと、5・6、12・13、19・20、21・22・23、26・27ごとに柄が変わるようで、10月分は現時点では未定のようです。

この日はS11編成でしたが、前面の快速幕が青のものでした。先月20日に飯田線内で撮影したときは白地に黒文字の「快速」表記でしたので、東海道線内と飯田線内では快速の表示を変えているのかと思いました。
ですが、次の日に名古屋駅で撮影された画像(※)を見ますと白地に黒文字ですので、青幕の快速表示がイレギュラーで、白地に黒文字の方が所定なのかもしれません。
※「Kaz-T's blog レインボーライン」さんの『フィナーレに向かって 快速「佐久間レールパーク号」』参照
ゆず posted at 23:37 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, JR東海
2009年7月25日
■731.佐久間レールパーク号運転中
少々古い話題になりますが、先の3連休は飯田線に出かけていました。
JR東海では名古屋港付近に「JR東海博物館(仮称)」を建設予定ですが、佐久間レールパークに保存されている車両の一部がそこで展示されることになり、それの関連もあるでしょうが……11月で佐久間レールパークは閉園の予定となっています。
これと関連して10月までの土・日・祝日には名古屋・豊橋と中部天竜の間を結ぶ「佐久間レールパーク」号が117系によって運転されています。また、117系と119系が8月末?頃には登場当時の塗装に復元されて走ることもJR東海から発表されており、私個人117系と119系を飯田線内であまり撮影していない事に気がついたので、今回行ってきました。
臨時化された「ムーンライトながら」は豊橋通過になってしまいましたので、夜行バスで豊橋へと向かいました。GWようなひどい渋滞もなく、快適に走り定刻に豊橋駅前に到着。すぐ前にあったコンビニで食料を購入し、初電に乗り込みます。
飯田線に乗るのも久しぶりだなぁ……と思いながら程よいリズムの揺れと音でたちまち瞼がくっついてきそうになりますが、鳥居駅下車の予定としていたので眠気と戦いながら、40分ほどで鳥居駅に到着。
撮影予定のポイントは誰もいませんでした。117系通過までは119系の撮影するつもりでしたので、好都合です。この時撮影した119系については後日上げるつもりです。
幾つか119系の列車を撮影している内に時間になり、やって来ました。

この日「佐久間レールパーク号」に入っていたのはS12編成でした。現在発売中の鉄道ダイヤ情報で表紙を飾っているのもこの編成ですね。

HM部分のアップ。
今シーズンはあと何回か飯田線遠征に行く予定ですので、今回の大海~鳥居とは別の所で撮ろうかと思っています。
ゆず posted at 23:39 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, JR東海
2009年5月23日
■711.117系新快速を撮影する
桜通線で名古屋に着いてから新幹線側まで歩き、ホテルにチェックイン。遅めの夕食を取った後は一休みして、カメラのバッテリーを充電するなどして時間が来るのを待ちました。そして、時間になり名古屋駅へと向かいました。

というのも、夜に名古屋駅近辺にいる機会は滅多にないので何か撮影しようかなと思ったのもあります。休日ダイヤの遅い時間帯に確か311系8連の新快速があったような……と思い、検索してみました。検索してみると、残念ながら311系8連の新快速は無くなっていたものの、22時前後に117系の新快速があることが分かり、びっくりしました。
117系の新快速といえば、これまでにダイヤ改正で無くなったかと思えば意外な形で復活したりと、これまでに撮りたいとは思っていたものの、なかなか機会がありませんでした。それだけに今回の117系新快速は絶好の大チャンスでしたので、予定に組み込んで出かけました。
入場券を買い、7番ホームの岐阜方を目指します。現地の方にとっては当たり前すぎるからかもしれませんが、誰もいませんでした。先行の313系快速でタイミングを練習します。バルブ撮影は実は初めてなので上手く撮れるだろうか?という不安の方が大きかったですね。
名古屋駅でのバルブ撮影経験のある方に状況を尋ねたりしていろいろと対策を練って当日を待ちました。
時間が来ると117系の特徴あるランプが遠くから見えました。幕の色がオレンジだ!……ということは。

ご覧の通り堂々と「新快速」の幕を出して入線してきました。豊橋21:18発の5363Fです。2分少々停まった後、大垣へと向けて出発していきました。長年の念願が叶った瞬間で、何故だかは分かりませんが、充実感が沸いてきました。
翌朝は5:30起きなのでこれにて撤収し、23:00前には寝ました。
ゆず posted at 23:44 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2009年4月15日
■698.JR東海211系 前面行先表示が復活か?
しばらく書いてなかったので生存証明(爆)も兼ねて。
先の週末は久しぶりにまとまった時間がとれたので、伊豆まで行って来ました。伊豆まで行った理由は、最近ハマった携帯電話を使用したゲームに参加するためなんですけどね(^^;
無事に目的を達成して、伊豆急~伊東線から東海道線上りに乗り換えたときに、東海道線下りが停まっていたので撮影。時刻表を見ると465Mのようですが、211系の前面の行先表示が復活しているのに気がつきました。

これまでに静岡車両区所属の211系は新313系(ここでは種別・行先表示がフルカラー、前照灯がHIDになった2006年頃に投入されたグループを指す)が登場する頃までは前面に行先を表示していましたが、新313系が登場した頃から種別のみの表示になってしまい、しばらくはそのままだったように記憶しています。(参照:No.693)
それだけに、今回の前面行先表示復活(?)には少々驚いているところです。ただ、今回見かけた465Mは211+211でしたので、313系と連結した場合はどうなっているのかは不明です。
ゆず posted at 23:58 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2009年1月24日
■693.静岡地区の211系・313系に小変化
東武51061Fの甲種を撮影した時に東海道線を行くJR東海静岡車両区配置の211系や313系も撮影しましたが、この時ある変化に気がつきました。

313系(N3編成)。

211系(LL7編成)。
N3編成・LL7編成、どちらにも先頭部の貫通扉渡り板が黄色く塗られていました。この日見かけた静岡配置の211系・313系は全てこのようになっていたことから、恐らく373系にも同様に貫通路の渡り板が黄色く塗られているものと思われます。
その一方で、神領や大垣配置の211系・213系・313系はこのような姿は見かけなかったので、もしかしたら静岡配置車限定の施行かもしれません。
夜間の増解作業時に渡り板の位置を知らせるためにこのように黄色に塗ったと見ていますが、果たして真相は?
ゆず posted at 18:02 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2008年10月15日
■670.383系しなのを撮る
話は6日に戻ります。
209系改造の訓練車の甲種を撮影している間に、行き交っていたのが383系を使用した「しなの」。長野と名古屋を結ぶ特急で、キハ181系、中央西線の電化後は381系が使用されていました。
381系も登場してから20数年。老朽化が進み後継車として1994年に試作車が登場し、翌1995年のゴールデン・ウィークから臨時特急として営業を開始し、1996年には量産車が落成して定期列車で本格的な運用を開始しました。
名古屋方と長野方で先頭車のデザインが異なり、基本編成(6両編成)は長野方は非貫通・パノラマ型でグリーン車、名古屋方は貫通型となっています。4両編成は長野方の先頭車はグリーン車ですが、貫通型なのが特徴です。2両編成はどちらも普通車で貫通型です。

長野方は基本的にパノラマグリーン車
主に6両編成単独の運用となっていますが、必要に応じて4両編成と2両編成を名古屋方に増結することになっているようです。

名古屋方は貫通型
ただ、ごく稀に増結用の編成で4+2の6両編成を組み、運用に入ることもあるようです。

基本編成が入場かなにかで足りなくなると、ごく稀に上記のような編成で走ることがあり、見かける機会はあまり多くはないのではないのでしょうか。今回たまたま4+2で運用に入る編成を捉えることが出来ました。
ゆず posted at 22:55 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本, JR東海
2008年9月 1日
■655.ムーンライトながら、臨時化へ?
本日9月1日は色々な意味での激震が走りました。政治的な話題は当ブログでは取り上げませんのでコチラの方を……。
昼休みにネット巡回していた所、朝日新聞のサイトで見つけたある記事。それは、私にとってはとても衝撃的な内容でした。
東京―大垣駅(岐阜県)間を結び、かつて「大垣夜行」と呼ばれたJRの夜行快速「ムーンライトながら」の毎夜運行が今年度末で終わる可能性が強まっている。JR東日本とJR東海が取りやめの方向で検討しているからだ。
青春18きっぷのシーズンには必ずといって良いほど利用しますし、飯田線訪問には豊橋での待ち時間が少しあるものの、豊橋6:00発の初電には間に合うので重宝していました。また、関西方面に行く時もこの「ながら」をまず利用します。
……といっても青春18きっぷシーズンの話で、オフシーズンの週末もたまに乗りますが、平日はどんな感じなのでしょう。乗ったことはありませんが、噂によるとほとんど空気輸送になっているのかも。
ショックを受けながら上記asahi.comの記事を読み進めていくと、新幹線や飛行機、夜行バスに押されて乗客が減少し採算が取れなくなり、ブルトレの廃止と同じようにこの「ながら」も消えていく運命にあるのだそうです。
ただ、列車そのものが廃止になるわけではなく、毎日運転を取りやめて週末または多客期シーズンの臨時列車に変わるようです。
「ながら」の前身である165系時代の「大垣夜行」には大変お世話になりました。1シーズンに4回乗った記録もあるぐらいだし(爆)。大垣夜行だけでなく、当時はあちこちに乗車券だけで乗れる夜行列車も残っており、「山岳夜行」こと新宿~上諏訪(後に松本へ延長)、太公望列車こと新大阪~新宮の夜行。急行券もプラスするなら「八甲田」「津軽」「だいせん」「アルプス」「ちくま」etc...
これらは全てこの10年で臨時化、あるいは廃止されてしまいました。

正式な発表はまだ先ですが、「ながら」利用回数は50回以上と思いますので、臨時化自体のニュースに衝撃的でした。最近は臨時の「ながら91号・92号」の運転日自体減少してきているので、本当にどうなるんだか……。飯田線初電に間に合う夜行がなくなるのは痛いです。
今後は夜行バスを使うか、前日に豊橋入りしてホテルに宿泊するかのどっちかで。……ただでさえ18シーズンの「ながら」は指定券が取りにくいのに……
ゆず posted at 23:50 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本, JR東海
2008年5月 9日
■610.313系になった快速「みすず」
東海受け持ちの「快速みすず」運用が去年3月のダイヤ改正で115系からバトンタッチしてから1年が経ちますが、湘南色の115系が引退したのはもう2~3年前の出来事のようにも思えます。
飯田線内を走る313系を撮影したことはありますが、「快速みすず」は良く考えると115系時代を含めて殆ど撮影していないのに気がつきました…
No.607でもチラッと触れたように、松本で昼食を食べ終えてから目的の4233Mまでまだ時間があったので、どうするかと思っていたら改札前の案内で「快速みすず・天竜峡行」が程なくしてやってくることが分かったので、ホームの先端で待ち構えてみました。

長野からやって来た3524M。岡谷で折り返し230M~1508Mとして天竜峡へ向かいますが、天竜峡着はこれを撮影してから4時間後の16:47。

この「みすず」に使用される313系1700代は、JR東日本エリアでは非常に珍しい転換クロスシートを装備しています。もっともこの1700代の配属先が神領電車区で、3編成のうち2編成は飯田線で使用されますが、残り1編成は予備用として待機しています。予備用といっても、中央線名古屋口の一般運用に入ることもあるので、転換クロスシート採用となったようで。
個人的には313系1700代が転換クロスシートと聞いて、最初は耳を疑ったクチですが……。てっきり1100代を3000代と同様なセミクロスシートにしたような感じの編成だと思っていたので(爆)
ゆず posted at 23:32 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東日本, JR東海
2008年5月 2日
■606.ナイスホリデー木曽路で塩尻へ
名古屋での撮影を終えた後は7番ホームに移動して、この電車を待ちました。

ちょっと前までは休日ダイヤで必ず運転されていましたが、現在では多客期の時にしか見かけなくなりました。最初は名古屋でながらを降りて、すぐに中津川行に乗ろうと思いましたが中津川での乗換えが3分しかないことと、慌しくなるのでこの「ナイスホリデー木曽路」(以下「ナイスホリデー」と略)利用に決めました。

米原方から入線してきたナイスホリデー。大垣からの車両の送り込みは5500F(大垣7:35発)を使うようです。逆の名古屋→大垣は回送かも?
実質的には大垣発の塩尻行快速みたいなものでしょうか。ナイスホリデー運転日以外は定期の快速中津川行5705Mとして運転されます。3年前の秋に大垣発の様子を見ていますのでこちらもどうぞ(No.144参照)。
この記事を書くにあたって3年前の秋に書いたものを読み返していたら、ナイスホリデーにヘッドマークが付かなくなったことと、311系4連から311系4連+313系2連の6連に変わっていたことが分かり、またエキスポシャトルがちょっと懐かしくもあり。

ホーム上の乗車位置案内。この日は武並?でさわやかウォーキングが開催されたためか、既に名古屋発車時点で通路に立ち客がいっぱい出るほどの乗客がいました。金山で更に乗り込み、通勤ラッシュ並みの混雑に……

この辺からうつらうつらしていたようで、気がつけば南木曽に停車していました。南木曽へはしなの5号退避のため中線に停車。

南木曽を出てからも更に寝てしまったようで、気がつけば左にカーブして塩尻駅構内に入っていくところでした…。でも中央西線を転換クロスシートの普通(快速)だけで旅するのは滅多にないことなので新鮮に感じました。
塩尻に311系がいる証拠として塩尻の駅名標と311系を絡めて撮影してみました。

ホームの先端に移動して編成全体を撮影。この日ナイスホリデーに入っていたのはG7+Y32でした。この後折り返し回送でどこか(木曽福島?)へ向かうようです。塩尻へこのまま留置しておくわけにも行きませんし、松本へ回送するにしても東日本エリアなので色々と難しい面があるのかも。

中央支線(辰野線?)のヌシ、123系と313系Y32編成のツーショット。313系は3000代が定期でやって来ますが、300代は滅多にやってこないのでなかなかに見られない組み合わせと思います。

311系との組み合わせも撮影したくなり、ホームを移動して望遠で撮影してみました。これも通常はありえない組み合わせなわけで…。よく見ると123系の保安装置がATS-PとPsになってました。気がつかんかった(^^;
この後やって来た長野行(433M)で松本に移動しました。
ゆず posted at 23:51 | Com. [2] | TB [0] | Category : JR東海
2008年5月 1日
■605.名古屋で暫く撮影する
28日東京発のムーンライトながらで岐阜で下車、折り返し新快速で名古屋まで戻ったのが7時頃。目的の「ナイスホリデー木曽路」の発車までまだ時間があったため、少しだけですが名古屋駅で撮影しました。

まずは3109Fに入っている117系。117系も313系の増備により、朝夕の少数の快速系と浜松~豊橋・大垣~米原が主な活躍場所になっています。でも、噂によれば今回の改正で平日に新快速の運用が復活したそうです。
最初はまさか?と思いましたが、調べてみると本当だったようで。下記の通りの3本ですが、平日のみの運転というのが何とも……。いつかは撮影したいと思っていますが、早くて夏休みかなぁ?
2306F:米原6:28→岡崎8:23
2307F:岡崎8:15→名古屋8:51
2309F:岡崎8:51→名古屋9:27

1989年の金山総合駅開業時に新快速が設定され、新快速用として登場した311系も相次ぐ313系の増備によりすっかり各駅停車の運用がメインになってしまった311系。ごく僅かながらも快速運用はありますが、普段はあまり見かける機会は無いかもしれません。

折り返し「しらさぎ1号」となる683系の回送列車。「ホームライナー大垣2号」のスジで大垣から回送されてきたようです。

実は見かける機会がそうそんなに多くは無いかもしれない、313系の4+4で8連を組んだ新快速。313系5000代が登場してからは、私個人的はには6+2の8連を見かける機会が多いので、ちょっぴり新鮮に感じました(^^;。
探せば他にもあるかもしれませんが、画像の列車は5306Fでした。

前述の313系5000代6連+300代2連の8連となる特別快速。画像の列車は5103Fです。
ゆず posted at 23:53 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2008年4月29日
■603.孤軍奮闘、神領区381系の「しなの」
本日は名古屋を回って信州の方に出かけました。今回は敢えて飯田線の方には寄らず、大糸線の方へ行ってきました。
JR東海在籍車の中ではとうとう残り1本のみとなってしまった、神領車両区の381系を使用した臨時特急「しなの」が多客期を中心に名古屋から松本を経て大糸線の白馬まで運転されています。今回長野まで出かけた理由は、その381系を使用した「しなの」を大糸線内で撮影するためでした。
いつもでしたら長野県へ行く時は中央線の「ムーンライト信州81号」を利用しますが、年々運転日が減ってきていることと、28日は運転日には当たらなかったため、どうやって行くか時刻表を何遍もめくって考えていたところ、ムーンライトながら+ナイスホリデー木曽路で塩尻まで行けば、塩尻と松本で乗り継いでも現地入りには余裕のある時間になることが分かり、そのルートに決めました。
素直に中央線の特急「あずさ」で行けば良いんじゃないか、とも思いましたが、単に新宿と松本を往復するだけではつまらないと思ったため最初からその件は考えていません。
松本で大糸線に乗り換えて、約1時間ほど揺られて下車した駅は安曇沓掛(あずみくつかけ)駅。ここから前もって調べておいたポイントへ徒歩で向かいます。ポイントに着くと、そこにはもう先客が10人ほどおり、ここの人気の高さが伺えました。
何本か普通列車で撮影してコツを掴みます。ここではアルプスの残雪をバックにするか、それとも381系をアップにして狙うか。ギリギリまで迷いましたが、撮影したのが下の画像です。

実はというと、この時は晴れては曇るという不安定な天候でしたので、何とか晴れてくれと思いましたが……適度に陽射しが出たので良し(?)とします。

パノラマクロの方を後撃ち。
ゆず posted at 22:35 | Com. [4] | TB [0] | Category : JR東日本, JR東海
2008年4月27日
■602.ドクターイエローに遭遇!!
本日は中央線沿線で多少撮影したあとにさて帰ろうかと思い、携帯でネット巡回をしたら東海道新幹線をドクターイエローが上がっているとのこと。慌ててmixiも見たら、確かにドクターイエローが臨時「のぞみ」のスジで上がっているとの目撃情報があったので東京駅に向かいました。
東京駅に着いてから改めて時刻表でドクターイエローの走行スジを検討すると、この日運転されていないスジに入っている可能性が高そうだったので、とあるホームに行ってみました。東京駅到着までまだ1時間ほどありましたが、どこで情報を掴んだのか、撮影者がいました。それに混ざって家族連れもいましたが、この方たちもドクターイエローのスジを掴んでいたのかどうか?

待つこと約1時間。東京駅に到着した300系の「こだま」が回送で車両基地のほうに行くと、入れ替わりに博多方から黄色い車体の新幹線が見えたのでこのスジで正しかったことが判明。初めて見るドクターイエローの走行シーンでしたのでちと興奮気味。

この日検測に入っていたのは東海所属のT4編成でした。かつては0系顔のT2・T3もいましたが、本格的に撮影をするようになってからは全車引退してしまっていたので……。本日はいわゆる“のぞみ測定”だったようで、博多→新大阪、新大阪→東京と走ったようです。新大阪で別れているのは一旦入庫するためだとか?
他には各駅に停車する“こだま測定”もあるようですが、1回でも良いから270km/hで疾走する“のぞみ測定”を撮影してみたいですね。
ゆず posted at 23:16 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2008年2月23日
■563.富士駅でのおまけ
No.562でも書いたとおり本日は西武38102Fの甲種輸送の撮影に行ってきましたが、富士駅に着いてから甲種輸送が通過するまでに20分ほど余裕があったので、何本か撮影してきました。その内の中から幾つか。
昼間の東海道線(静岡エリア)に乗ったのも実に久しぶりで、113系が撤退してからは初めてでした。
ステンレス車両だらけになった三島始発の211系に乗車して揺られていると、113系で幾度なく通ったことが思い出されて懐かしく感じました。211系もいつの間にか(?)チャイムがついて、ドアが開閉するたびにピンポンピンポンと鳴るようになってました。東海道線はいつも「ムーンライトながら」か新幹線で通ることが多いので、こういった211系や313系の変化には多少疎い面があります(^^;

富士を15:48頃に通過したEF65 1079の牽くコンテナ貨物。貨物時刻表で確かめてみると3075レのようです。ここ最近数を減らしている新鶴見の赤プレート&原色カマが撮れたのでよしとします。1059が来れば良かったけど贅沢は言ってられませんw

3075レ通過後にすぐにやってきた313系の熱海行。そういや313系のN編成を撮影するのも初めてでした。……某氏には見慣れたアングルかな?
後ろにチラッと写っている313系は恐らく3563G。

富士運輸区?から出てきた211系。たぶん1458Mに充当する編成かと。昼間の東海道線も久しぶりに近い状態でしたので、211系や313系だらけで113系や115系が1本も来ない東海道線というのは却って新鮮に感じました。というか同時に寂しさも感じましたけどね。
ゆず posted at 23:48 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海, JR貨物
2007年7月22日
■486.飯田線で活躍を開始した313系1700代
JR東海ではこの3月で115系S・B編成の運行を終了し、代わって313系1700代が活躍を始めました。115系はJR東日本長野車両センター所属の編成が引き続き乗り入れてきますが、1日4本のみ、飯田では昼間は昼寝していることが多いので乗車する機会は余り多くないかもしれません。
話がそれましたが、313系1700代は115系の運用を引き継いで長野まで乗り入れたりしています。また冬季には架線が氷結していまうので、その対策としてダブルパンタになっていますが……夏でもそのまま両方上げているようです。近い所での架線氷結対策としてのダブルパンタといえばトタ区の201系H編成(※今のH編成ではない)や東武6050系を思い浮かべますが、いずれも冬季以外は折りたたまれています。
話変わって21日に飯田線を訪問してきました。70周年スタンプラリー参加というのもありますが、新たに活躍を始めた313系に乗ってみたかったというのもあります。

当日は元善光寺から鼎まで乗車。元善光寺でカメラを構えていると、白いHIDが近づいてきているのが遠くからでも分かりました。ダブルパンタになっているのもしっかりと確認。
…画像ではパンタがちょっと切れてしまいましたがorz

空席を見つけて着席すると、やはり飯田線内(というか特に長野県内で)転クロ車に乗車すること自体物凄い違和感を感じました…。ボックスシートから見慣れた車窓も違って見えました。たぶん気のせいだとは思いますが。
画像はたぶん飯田線内で初めて見た長野県内の次駅案内。
544Mを例にしてみると、「この電車は、各駅停車 豊橋 行きです。 This train is bound for Toyohashi all stops. 次は ○○ The next stop is ○○」と流れた後は「次は ○○」で固定。他の線区で見られるような「まもなく~」は省略されていました。
鼎まで20分間の乗車はあっという間でした。313系は物凄く静かで、115系時代の振動が懐かしくもあり……いずれ上諏訪から豊橋まで全線通しで乗車してみたいという気持ちもあります。
ゆず posted at 23:55 | Com. [0] | TB [0] | Category : 飯田線, JR東海
2007年7月21日
■485.N700 Debut!
またまたサボりがちになってしまいスミマセンです。
マリンライナー32号で岡山に着いた後はいったん改札を出て入場券を買い、新幹線改札を通りました。いつの間にか岡山でも在来線や新幹線改札口に自動改札が導入されており、また駅構内も随分変わっていたのでその変貌振りにただただ驚くばかりです。
東京方面のホームに上がると、東京方では26Aで行われる出発式の準備が進められており、また博多方も26Aや28Aを撮影するであろう人たちでいっぱいでした。
何とか場所を確保して撮影したのが↓の画像。

JR西のサイトでは26Aの時間に合わせて博多・広島・岡山で出発式が開催されることが案内されており、26AはJR西日本所有のN1編成で運転されていました。ネットを巡回すると1日時点では東海車5編成、西日本車1編成しか無いはずですが、ある程度出揃うまでは東海車・西日本車共通の運用になっているのでしょうか?

博多方の先頭車。久々の新幹線新車、また日曜日ということもあって家族連れが目立っており記念撮影する風景があちこちで展開されていました。

28A。これに乗って東京へ向かいました。この日使用されていたのはJR東海所有のZ1編成。
どうもN700系は前照灯がHIDになり、また白基調のボディのためホワイトバランスが難しいです…

方向幕部分。今までは700系まで頑なに幕を採用していたJR東海も、このN700系からはフルカラーのものになりました。LED自体は500系や700系B・E編成で見慣れていますが、フルカラーなのでとても新鮮に感じました。

N700系のロゴ。

新神戸手前の車内案内装置。こちらも700系と比べるとフルカラーになっており、断然こちらの方が見やすいです。500系もフルカラーでしたけど、どうだったかなぁ…
(500系は滅多に乗らないので良く覚えていない、というか記憶にある範囲では前に乗ったのは9年前^^;)

これは今までの新幹線になかったモノです。N700系はこの他にも多くの技術を搭載しています。代表的なのが車体傾斜システム。東海道区間ではカーブが多いため、北海道のキハ201やキハ261みたいに車体をほんの少し人工的に傾けて高速で走行できるようにしたシステム(…でいいのかな)です。
指定された座席に座れば出発すればあっという間に270km/h以上?に達したようで、700系よりも加速感が良かったように思えます。新大阪を過ぎて東海道区間に入ってもカーブに入ると300系や700系では少しスピードを落としていたのが、N700系ではそのまま減速せずにカーブを通過するという感じでした。
気がつけば東京に着いており、岡山から東京までの3時間半はあっという間に過ぎ去っていきました。
<四国編・完>
ゆず posted at 23:47 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海, JR西日本
2007年3月16日
■422.カウントダウン!飯田線115系東海車
えー、しばらく放置してスミマセン。運用解析に夢中になってたので気がついたらこうなっていたわけでしてw
117系団体が運転された日、大海で撮影を終えたあとは一旦新城まで戻り、もう一つの目的である115系東海車へ最後の乗車をするために伊那路1号で飯田へ向かいました。飯田からはすぐに接続していた岡谷行で下市田まで行き、そこからは115系静岡車である544Mで豊橋まで戻りました。
下市田で待つこと暫し。市田側の踏切が鳴り始めカメラを構えているとやってきました。本日はS3編成で、S編成はクハが1000代またはサハ0代改造のクハ600代、モハ・クモハが1000代の3両で構成されています。いずれも東海車では最後の1編成となりました。
飯田線では他にB5編成が最後の活躍をしています。

豊橋方からMc115-1082+M114-1188+Tc115-617となっています。クハ115-617に豊橋まで乗車してみることにしました。

クハの車内は5~6年ぐらい前に更新され(されたらしい?)、壁がこれまでの緑色から白に改められました。でも、シートはオリジナルの青のまま残り、東海車特徴の1つとして白いシートカバーがかぶせられています。

飯田線はもとが私鉄であるため駅の数が非常に多く、また建設コストを抑えるためか急カーブが多いのも特徴です。特に飯田付近では線形が飯田市街中心地を迂回するかのようになっていますので上の画像のようなシーンも随所で見られました。

飯田で進行方向右側のボックスシートが空きましたのでそちらに移動しました。ただ、トイレ前でしたけどね…

この湘南色に「豊橋」の方向幕の組み合わせが見られるのもあと僅かです。

クハ115-617の車号。

途中寝たり起きたりを繰り返していくうちにあっという間に終点豊橋に到着。途中門島でEF58 157とすれ違ったのを帰宅後に知り血の涙を流したのはまた別の話。

豊橋で313系の537Mと並んだS3編成。おそらくこれが私にとって最後の乗車になるかと思います。飯田線には数え切れないぐらい乗りましたが、たまに115系静岡車にもお世話になっていたのでこれが改正以降はもう見られないのかと思うと寂しいです。
長年の活躍に敬意を表してこれを撮影し、東海道線ホームへ移動しました。

道中、伊那小沢駅に咲いていたコヒガンザクラ。長野県では最も早く咲く桜として有名です。
ゆず posted at 22:59 | Com. [4] | TB [0] | Category : JR東海
2007年3月 5日
■418.飯田線に117系入線
先の週末は青春18きっぷのシーズンに入りましたので、それを利用して飯田線を訪問してきました。この日はEF58 157の工臨も走ったので結果的には大にぎわいの1日となりました…
いつものように豊橋でながらを降りて、駅前のコンビニで買い物をして始発の電車(501M)に乗り込み、どこで降りようかとWindiaにデータを打ち込み印刷したモノと時刻表を見比べて検討していると、大海駅がよさそうな感じだったのでそこで下車し撮影することにしました。
大海駅の通過予想時刻は8:30頃だったので、いったん離れて他の未訪問駅に行っているうちに時間になり、ホームの豊橋方で構えていると来ました。

この日運用に入っていたのはS11編成でした。

S11編成は早朝に大垣から豊橋まで回送したあと豊橋・豊川・新城・大海で客扱いをしたあと為栗(回送で天竜峡)まで運転されました。帰りは平岡から豊橋まで客扱いしていたようです。
飯田線中部区間に117系が入るのは最近では珍しい方でしょうか。10年ほど前まではまだ特急伊那路もなかったので、ナイスホリデーとして飯田までシーズン中の週末に良く入線していました。伊那路が運転開始されて以来、165系が引退するまでは入線は殆どなかったように記憶しています。
165系引退以降はさわやかウォーキング号として南部(豊橋~本長篠)にたまに入線、中部区間(本長篠~天竜峡)は1年に1回あるかぐらいで、北部区間(天竜峡~辰野)だとマレではないかと。
これに知人が乗車していましたので挨拶してしばし雑談。8:40頃に為栗へ向けて発車していきました。私はこの次に来た天竜峡行(511M)で飯田へ向かいました。
ゆず posted at 23:50 | Com. [0] | TB [0] | Category : JR東海
2007年1月21日
■400.関西遠征:ムーンライトながら92号で帰京
大垣北口から歩いて数分のコンビニに夜食を買出しに出かけて、暫くしてから駅に戻ると、このような案内が4番ホームに出ていました。

種別の表示欄が限られているのでこのような表記になったんだと思います。でも「ムーンライト」だけの表記って久しぶりに見たような…。ムーンライトながらができる前は今のムーンライトえちごがこの名前でしたので思わずしみじみと見入ってしまいました。

今朝大垣まで91号で乗ってきた編成が今夜の宿となります。

指定席は10号車を指定してあったので、発車後暫くは起きていましたが、名古屋を過ぎると急に眠気が襲ってきて結局そのまま東京到着寸前まで爆睡していました…
関西遠征シリーズも長くなりましたが、このムーンライトながら92号で終わりです。半月近くにわたり集中して関西遠征シリーズをお送りしましたが、いかがでしたでしょうか?
ゆず posted at 22:49 | Com. [0] | TB [0] | Category : 旅行記:2007年冬・関西遠征, JR東海
2007年1月18日
■399.関西遠征:新313系に対面
関西を満喫して半日ぶりに米原駅に戻ってきました。JR東海の車両に対面するのもずいぶん久しぶりのような気がしてきました(^^;
乗車していた新快速を降りてすぐに接続していた大垣行(816T~3230F)が221系でした。

221系の「大垣」表示を見たのは実はこれが初めてでしたので新鮮に感じました。221系も大垣に直通するようになってもう2年近くたっていますが、実は「大垣」表示を見たのは初めてだったり。いつもは大垣発の大阪方面行き(姫路・加古川・網干など)しか見たことないんで…。
3230Fは通路まで一杯でしたので、米原では1本見送って次の新快速浜松行(5364F)で大垣まで移動しました。こちらはゆっくり座れ、大垣までは再びウトウトして過ごしました。

大垣駅でいったん改札を抜けて夜食の買出しに行く途中に跨線橋を渡っていると、フルカラーの車両が近づいてくるのが分かったので思わずデジカメでパチリ。静岡のV14編成(No.335)を除けば新313系にはコレが初めての対面となります。

側面のLEDを撮影。いろいろなブログやサイトを巡回するたびに思いましたが、やはり自分の目で見ると綺麗に感じますね。

私個人的にはこちらの313系も良いですが、やはりフルカラーLEDを採用した車両はとても綺麗に感じます。特に種別の多い所ではフルカラーLEDが本領を発揮するのではないのでしょうか?
ゆず posted at 22:55 | Com. [0] | TB [0] | Category : 旅行記:2007年冬・関西遠征, JR東海
2007年1月 4日
■383.関西遠征:大垣→米原
ムーンライトながら91号で大垣についた後は、すぐに出る6:00発の姫路行には乗らず最初から6:31発の姫路行で行くことにしていましたので、ゆっくり写真を撮影しました。

ムーンライトながら91号は10号車指定でしたのでゆっくり寝ることはできましたが、暖房が効きすぎだったような気もします。うっすらと汗ばんでいました…

大垣到着は朝の6時前なのでとても眠く、あくび連発だったようなw

大垣6:00発の姫路行は223系です。223系は関西で新快速に使用され、一部の快速にも入るのでこのように大垣まで乗り入れて来ます。ムーンライトながら91号からの乗継客で超満員で発車した後は次の姫路行を待ちました。20分ほどで入線しましたが、待っている間にこんなのがやって来ました。

211系です。大垣からは5000代が静岡に転出しましたが、国鉄末期に投入された0代2本は今も大垣に籍を置いて主に豊橋~岐阜間の普通列車に使用されています。先のダイヤ改正前までは新快速の運用もありましたが現在は普通列車専用となっています。
米原からやって来たのか?…とも思いましたが、帰宅後に時刻表で確かめてみると関ヶ原初電の3110Fのようで、大垣を回送で出庫~折り返し関ヶ原から3110Fで豊橋まで…という流れのようです。
ほとんど豊橋~岐阜~大垣の運用だと思っていただけに大垣以西への運用は初めて見ました。

入線したと思ったら程なくしてドアが閉まり、まだ寝足りなかったのか?米原までは夢の中でした…
ゆず posted at 17:01 | Com. [0] | TB [0] | Category : 旅行記:2007年冬・関西遠征, JR東海
2006年10月 8日
■347.飯田線に入線した113系・その2
No.346で取り上げた113系のうち、
2001年秋に定期列車に代走で入ったり(豊橋~天竜峡)
113系が定期列車(豊橋-501M-天竜峡-554M-豊橋)に代走で入った際の写真が見つかりましたので紹介したいと思います。この時使用された編成は神領区のN4編成で、辰野方からクハ111-2030+モハ112-2034-モハ113-2034+クハ111-2130というかたちでした。

何故このように113系が代走に入ったのかというと、秋には観光バスで天竜峡までやってきて飯田線に乗車し車窓から紅葉を眺めて為栗で降りていく(バスに乗る)というツアーが設定され、544M・554M・560Mでは天竜峡→為栗間が物凄くに混雑します。

別の年に544M(上諏訪→豊橋、115系使用)に乗った時に天竜峡→為栗間にて例のツアーに遭遇した時に撮影したものです。115系だったから何とか乗車できたものの、この時は通路までぎっしり。119系2連だったら間違いなく積み残しが出るでしょうね。ツアーそのものを否定するつもりはありませんが、何故天竜峡→為栗間で飯田線に乗車するのか未だに分からないでいます。
この運用に113系の4連を充当しています。554Mは本来119系による岡谷発豊橋行ですが、113系運転日に限り天竜峡での車両交換となり、直通運転ではなくなります。この列車への送り込みのため、113系運転日には豊橋6時00分発の初電501Mより充当され、天竜峡到着・留置後に554Mにて豊橋へ帰還します。通常501Mで到着した119系2連を折返しで使用する560Mは、113系への交換により天竜峡で打ち切りとされた554Mの119系2連にて運転されました。

豊橋にて。右には名鉄パノラマカー?が停車しているので2番線ホームということがお分かりいただけると思います。

三河東郷?にて。当時は本長篠発の特別快速と交換するダイヤでした。
ゆず posted at 23:26 | Com. [0] | Category : 飯田線, JR東海
2006年10月 7日
■346.飯田線に入線した113系
お久しぶりです。ここんとこ仕事で忙しく、鉄活動もほとんどしていない状態です…。
ようやくひと仕事片付いたのでこの連休はもっぱら休息にあてています。本格的に再開するのは早くて10日以降の予定です。
これだけでは申し訳ないので、HDDの底から発掘した113系の画像でも。これは確か2004年の早春、通称「カルチャートレイン」として飯田線に入線した113系です。

「さわやかウォーキング号」としてたまに神領車両区の113系が名古屋から直通で飯田線に入っていますが、ほとんどが本長篠より南の範囲で、本長篠より北に入るものは最近では117系のほうが多くなっているように思えます。その113系自体も313系に置き換えられることが発表されていますので、113系の飯田線入線はなかなか貴重な記録になるのではないのでしょうか。
話がズレてきたので戻しますね。「奥三河芸能祭飯田線文化号」、通称:カルチャートレインは記憶しているだけでも2000~2001年が165系、2002・2003・2005・2006年は117系、2004年が113系で運転されました。
この時は往路は佐久間まで、復路は中部天竜発で運転されました。実際私もこの列車に乗車しています。普段は115系または119系のみ(特急除く)なので、113系に乗車すること自体とても新鮮に感じられました。
往路(辰野側先頭)は上画像のような丸型、復路(豊橋側先頭)は急行列車のようなHMがつきました。

飯田線本長篠以遠への113系入線は、記憶している範囲では2000年が最初だったように記憶しています。確か団体列車で伊那松島へ入ったかと。その時はC-AU711搭載の初期車だったような。
その後は2001年秋に定期列車に代走で入ったり(豊橋~天竜峡)、夏には伊那地区の臨時列車用として伊那松島まで入線することもたまにあるようですが、最近ではそうでもないかも。
ゆず posted at 23:58 | Com. [0] | Category : JR東海
2006年9月10日
■336.団体列車に遭遇
夏風邪がぶり返してしまい1週間お休みしてしまいましたm(__)m
7/28の飯田線訪問の時、豊橋駅でムーンライトながらを降りて初電(6:00発天竜峡行)を待っていると、なにやら撮影者が東海道線ホームの5・6番線にいるので何かと思ってデジカメを持って行ってみたら、ちょうどEF65 1100が24系25型を数両牽いてやってきました。

甲子園臨時列車かと思いましたが、この時はまだ甲子園は開幕していなかったので何の臨時列車だろう?と疑問しか思い浮かばなかったような…。

客車の連結面には盛アオと書いてあり、青森車両センターの所属でした。わざわざ青森(あるいは東北方面)からやってきたようです。この時はまだ羽越線が不通でしたので東海道線経由で大阪方面に向かっていったのだろうと勝手に想像していました。

数分停車した後、名古屋方面へ向かっていきました。帰宅後に調べてみたら、どうも天理教輸送列車のひとつだったようです。どこから来たのかは分かりませんでしたが、この後京都で向きを変えて天理まで行ったのでしょうね。
ゆず posted at 23:57 | Com. [0] | Category : JR東海
2006年9月 3日
■335.新313系営業運転開始
JR東海では在来車両置き換えのため313系を204両投入することを去年の7月に発表していますが(No.123参照)、先月末ぐらいから続々と姿を現し始めています。
この早期落成車は今のところ大垣に4編成程度が登場、211系0代の運用に入っており逆に211系0代は運用から外れています。掲示板などの目撃情報によると大垣駅構内外れに留置されているそうですが、転用に向けてなんかの改造をするのか気になるところではあります。
御殿場線・身延線向けにも先月末に落成し、試運転を行った後に運用に入っていました。
前置きが長くなりましたが、2日は青春18きっぷの消化をかねて静岡のほうに出かけていました。最初は東海道~身延~中央東と辿る予定でいましたが、起きたのが遅かったので単に東海道線で往復することに。新宿から湘南新宿ラインの東海道線直通特快に乗り、行き先を決めかねているとちょうど知人から沼津に向かっているとメールがあったのでそちらの方に行ってみる事に。前述の新313系(3100代)にも乗車できれば良いかなとその時はかなりアバウトに考えていました。
小田原と熱海で乗り継いで沼津に着いたのが14:00ぐらい。御殿場線ホームに移動すると、その知人より今新313系は御殿場~沼津の区間列車に入っているはずだから下戸狩駅で撮影することにすると、10分ほどでやってきました。

噂には聞いていましたが、フルカラー対応の種別・行先表示機、HIDランプ、高照灯LEDなど新たに採用されたものが多く、まさに313系が進化したといったも良いような感じです。
JR東海では211系5000代の最も初期に落成した編成では行先表示にLEDが使用されていましたが、見づらかったのか次の編成からは幕になっています。その後311系・313系と続きましたが種別・行先表示は幕のままでした。

早速乗車してしみると新車のにほひが。滅多にないことなのでとりあえず匂いを堪能(爆)
3100代(V13・V14)は中身は在来車とはそう大きな変更点は無いようです。

沼津に到着して撮影を終えてから富士に行こうかという話になり、しばらくそこで撮影していました。その話はまた次の機会にでも。
この新313系投入によって運用を終え休車または廃車になる物も出始めているとか。実際123系の何両かは西浜松に送られ、そこで留置されているようです。
ゆず posted at 23:43 | Com. [2] | TB [1] | Category : JR東海
2006年8月14日
■327.久々の飯田線・その2
少し間が開きましたが、No.322の続きです。
501Mで天竜峡についた私は、更に1425Mに乗り換えて飯田を目指しました。今回は飯田線北部の幾つかの駅を訪れることが目的だったので、飯田で更に237Mに乗り換えます。
訪問当時は辰野~川岸~岡谷が土砂崩れにより不通でしたので、岡谷方面行は辰野止まりに変更されていましたが、2225Mは長野行、229Mとこの237Mは伊那松島止まりになっていました。どうやら229Mと237Mは車両運用の都合で伊那松島止まりになったようです。

伊那大島ほかで下車したのは旅行貯金というのもありますが(爆)
237Mを伊那大島で下車した後は228Mで再び飯田に戻り、ここで早めの昼食を取ることにしました。

飯田線内では通年半自動ドアになっており、ドアは手で開けるようになっています。そのため下の画像では1番前のドアが開きかけになっているのがお分かりいただけるかと思います。全区間半自動ドアになるといえばそうでもなく、豊橋駅や辰野駅、冬季以外のJR東区間(辰野~岡谷~茅野・長野など)ではドアが自動で開閉するようになっています。

飯田からは1427Mで上片桐まで。上片桐は無人駅なので運転士に切符を見せて下車しました。飯田線はもとが私鉄だったため駅の数が非常に多く、有人駅は豊橋と辰野を除けば豊川・天竜峡・飯田・伊那市のみ、委託駅になると少し増えますが全線で10~15駅ぐらいで残りは全て無人駅です。
そのため飯田線では運転士がドアの開閉を行っています。そのため停車してからドアが開くまでに少しの間があります。車掌は無人駅での切符の回収や発行に忙しいためこうした方法が取られるようになったようです。実際、195.7kmに豊橋と辰野を除くと92駅。平均して2.1kmごとに駅があるわけですからとても大変です・・・
上片桐で下車した後は一旦1430Mで市田まで戻り、市田からは243Mで伊那市まで北上しました。伊那市で下車してお土産を買い、あずさ32号の指定券を購入した後は245Mで辰野、辰野からは小野経由の臨時列車で塩尻に向かうだけです。


伊那市から245Mに乗車、辰野を目指します。辰野で塩尻行きに接続。
普段は245Mは119系だと思ったけど長野の115系でした。(mixiより)

この245Mは通常は119系E編成です。それが東日本の115系に変わっていました。ゆっくり座れたのは良いものの、車掌さんはドアの開閉もしなければいけないため(東の115系には運転士がドア開閉するためのスイッチがついていない)、大忙しのようでした・・・

無事塩尻に着き、あとはあずさ32号で八王子に向かうだけです。不通当時は123系単行とこの115系2+2の臨時列車がピストン運行していました。
115系の方を撮影しようとすると……菱形のパンタ??

長野の115系では唯一となったPS23搭載車のN55編成が含まれており、思わぬところでレアな車両に出会いました。

塩尻駅での案内表示です。その後すぐに入ってきたあずさ32号で八王子へ向かいました。
<完>
ゆず posted at 22:31 | Com. [0] | Category : 飯田線, JR東海
2006年8月 5日
■322.久々の飯田線・その1
No.317でも書きましたが、約1年ぶりに飯田線を訪れてきました。
前回飯田線を訪問した時は去年の8月下旬以来でしたので、本当に久しぶりでした。その前に12月に木ノ下~辰野と乗っただろ~がというツッコミは今回は却下とさせてください。すんませんm(__)m
mixiの方に上げた日記も交えて進めていきたいと思います。
東京から乗車したムーンライトながらは定刻に豊橋駅に到着し、飯田線に乗りかえるためにここで下車。

いつものように(といいつつも随分久しぶりだったりする)豊橋駅の改札口を抜けて、駅前のコンビニで食料を調達して再び豊橋駅に戻るとまだムーンライトながらが停車中でした。ムーンライトながらが豊橋に到着したのは4:29、飯田線の始発は6:00。
朝飯がわりの和食弁当を食べ終えましたが、それでもまだ4:45ぐらい。ムーンライトながらが出ていくのを見送ると、急にヒマになったので携帯からmixiにアクセスしたり、豊橋駅に滞泊中の電車が次々にパンタを上げて目覚めていく様を見たりしているうちに、時計を見ると5:45になっていました。豊橋運輸区の方からランプが見えたので飯田線始発の501Mが入線してくる頃だと思い出して乗車位置に並ぶと……いつものE編成じゃない!

501Mは通常はE編成ですが、今日はなぜかワンマン用のR3でした。これで天竜峡へ向かいます。(※mixiより)
進行方向左側の座席を確保して、下地・船町・小坂井…と停車していくうちにだんだん瞼がくっついてきて、気がついたら中部天竜にさしかかっていました。
ちょうど(時間的に)半分ぐらい。いつの間にか寝ていたらしい。(※mixiより)
中部天竜駅構内にある佐久間レールパーク。佐久間レールパーク内にはいろいろな車両が展示してありますが、これも展示品の一部なんでしょうか??

どう見ても放置してあるようにしか見えないんですが…(失礼)。確か4~5年ぐらい前からあるのでこれは165系の前面貫通路かも(断言はできませんが)。
中部天竜を出ると、佐久間から大嵐までは昭和30年後半に佐久間ダムが完成するのに伴い、飯田線が水没することになったため水窪方面にトンネルを掘って迂回する新線が建設されました。その区間の名物の1つに『渡らずの鉄橋』(正式名称:第六水窪川橋梁)があります。

川をいったん渡りはじめるものの、対岸でカーブしてまた元の岸に戻ることから「渡らずの鉄橋」「S字橋」などとも呼ばれます。

本来は川沿いをトンネルで抜ける予定だったものの、地殻変動が激しいため苦肉の策で、水窪川の上を橋梁で迂回する形で…となりました。進行方向右側の車窓(豊橋から飯田・辰野方面の場合)から橋の全貌が望めます。
更に進み、短いトンネルが増えてくると小和田です。ここ小和田駅は10年ぐらい前に大ブームになったことがありました。経緯は前に何回か書いているので省略しますが、現在は静かな山間の無人駅といった状態です。

ここ小和田駅は静岡県最端?の駅で、長野県・愛知県・静岡県の三県分境が近い位置にあります。

更に瞼がくっついて来たようで、気がつけば天竜峡駅にさしかかっていました。
<続く>
ゆず posted at 23:50 | Com. [0] | Category : 飯田線, 飯田線・小和田駅, JR東海
2006年7月29日
■317.久々の飯田線・予告
27~28日にかけて夏休みを取り、飯田線方面に出かけてきました。飯田線乗車は去年の8月以来(No.139参照)でしたので、見るもの全てが新鮮に感じられました。
今回の飯田線訪問を、何回かに分けて上げて行きたいと思っています。

旅立ちはムーンライトながらで
ゆず posted at 23:29 | Category : 飯田線, JR東海
2006年6月 3日
■296.紀勢東線のキハ58系
No.289のコメントの返事を書いてて……
紀勢東線の58+28は紀州夜行(新大阪発の新宮行)から良く乗り継いだので思い出深いです。
全車国鉄急行色といえばそうでもなく、たまにキハ58はみえ色だったりしました。
写真を探して見るとやっぱりありました。早速スキャン。

新宮6:05発の松阪行きで確か326Dだったかな…? こちらはキハ28側。良く見ると貫通路にステーが2本ついているのがお分かりいただけると思います。これはかつて千葉地区で使用されていた車両の証拠で、当時は急行(準急?)にHMを付けるためにステーが取りつけられたものと思われます。
HMは153系や165系に付いていたのと同じようなモノです。

こちらはキハ58。快速『みえ』用に塗り替えられたものの、キハ75が登場してからは『みえ』用のキハ58が何両か伊勢区に転属し、塗装もそのまま参宮線や紀勢東線のローカル運用に就いていました。
画像の車両はキハ58 796です。

熊野市で交換した新宮行。たぶん紀伊長島発の323Dかなぁ…? 最後部はパノラミックウィンドウのキハ58でした。
これを撮影してフィルムを現像に出し、できあがった写真を見て_| ̄|○
日付がカメラのトラブルで初期化されてみんな『'94.1.1』になってました(爆) ホントは1997年ぐらい。正確な日付は覚えていないんだけど、たぶん春ぐらいかなと。
ゆず posted at 23:58 | Com. [0] | Category : JR東海
2006年6月 2日
■294.ちょっと前のユーロライナー
購入してから3年ぐらいは積まれたままだった(汗)スキャナーを新PCの方にインストールして使えるようにしたのでそれの動作確認テスト。

実物は残念ながら昨年に廃車されているのでもう見ることは叶わないけど、時々上京していました。少なくとも年に2回は都内でその姿を見ることが出来たような?
でもこれを撮影したのはいつなんだろう??撮影データは残っていないし(紛失した?)…横浜なのは確かなんですけどねぇ。
ゆず posted at 23:54 | Com. [0] | Category : JR東海
2006年3月18日
■260.さよなら急行かすが
17日は休暇が取れたので関西方面に行くことにし、急行「かすが」の最終日でもありましたので奈良発の最終列車に乗車してきました。

奈良駅の案内表示器
大阪から大和路快速で奈良に着くと、既に木津方は人で一杯でした。いったん改札を抜けて駅前のコンビニで飲料を購入してまた改札を通ると、さっきよりも人が増えているような気が・・・

ホームは既に撮影する人で一杯
自由席に乗車する列も長く延びており、何とか人ごみをかき分けて「かすが」の発車する3番ホームから進入してくる「かすが」を撮影しようとしたものの、人が多くてまともな場所はありませんでした。仕方なく腕を伸ばして撮影。

進入してきた上り最後の「かすが」
奈良駅とキハ75系、「急行かすが」と「名古屋」の組み合わせも今日で最後となります。

この組み合わせも今日で最後
この日は206と205ユニットの4両編成で、指3自1でした。自由席車内は既に満席、立ち人も一杯居ましたが、指定席はまったりと平穏でした。外観ではHMの取り付けは無く、いつも通りでの運転でした。

自由席車内
17:16に定刻に奈良を発車、前に大和路快速がいるためかゆっくり目だったものの、沿線には撮影する方が沢山いました。有名?な佐保川踏切も沢山。木津では30人ほどだったかな?、ホーム南端に集結しており、何度も汽笛を鳴らして最後の挨拶をしているようでした。
加茂を出て非電化区間に入ってからも撮影する方は駅ごとにいらっしゃるようで、停車駅の伊賀上野・柘植が特に多かったように記憶しています。
通過する駅ごと(無人駅除く)では駅員氏がホームに出て「かすが」を見送っていたのが印象的でした。今日で最後の列車だからでしょうか。色々と思うものがあったようです。

柘植→亀山を走行中の時の車内案内器
奈良から約1時間で亀山に到着。既に車窓は暗くなって曇っており、私自身もウトウトしていたのでドアが開く音で亀山と分かりました。亀山から乗車してきた人もかなりおり、それぞれが「かすが」への別れを惜しんでいました。
車内の様子とか色々と撮影。主に快速「みえ」で使用されている近郊タイプのキハ75系を優等列車で使用しているので、中間のドアが開かないようになっていました。「かすが」には主に205と206のユニットが使用されていたようです。

「かすが」での使用時には中間扉を締め切っていた
その後またウトウトしてしまったので気がついたときには桑名発車直後。ここで放送があり、
「お客様にご案内いたします。ご利用いただいております急行かすが号は本日をもちまして運転を終わらせていただきます。 1958年、準急かすが号として運転を開始して以来、多くのお客様にご利用頂きましたが、本日かすが号として48年の歴史に幕を閉じる事になりました。長年のご愛顧、ご利用ありがとうございました。厚く御礼申し上げます。」
おもわずジーンとこみ上げてくるものが・・・。なんだかで時間が経つのは早いもので名古屋に到着。

名古屋到着直後
ここも撮影する人達で一杯でした。名古屋到着は19:26でしたので、左上に写っている時計に注目。

名古屋も撮影する人達で一杯だった
「かすが」は廃止され、使用されていたキハ75系は今後は快速「みえ」や武豊線で使用されることと思いますが、再び奈良へ顔を出す機会はあるのかな?

最終日の「かすが」上り急行・指定券
実はというと、「かすが」に乗車しようと決めたのが今月の初め。私自身、「かすが」はこれが最初で最後の乗車となりました。まだキハ58・65で運転されていた頃には何度か名古屋駅で見かけたものですが・・・。話を今月初めに戻すと、既に指定券は完売でその後も何度か探してもらったものの、満席。
諦めかけていた15日、昼休みにネットに繋げてえきネットで探してみると、「×」ではなく「△」!何度も目をこすり(爆)確かめましたがやっぱり△でした。速攻で予約して確保したのは言うまでもなく・・・。もし指定が取れなかった時は混雑を覚悟で自由席に乗車するもりでしたからホッとしました。
これから先、何年か先には「急行」という種別が消滅ということも考えられます。寂しいですが、今は特急格上げか快速格下げか廃止でスジ消滅かどっちかのようですし・・・。でも、最終日の「かすが」に乗車することができラッキーだったと思っています。
ゆず posted at 23:48 | Com. [0] | TB [1] | Category : JR東海
2006年2月16日
■231.今秋、名古屋エリアでトイカ導入へ
JR東海のサイトによれば、今秋からICカードによるSFシステム(東京圏でのSuicaみたいなモン)を導入すると発表がありました。
導入区間は
・二川~関ヶ原(東海道線)
・名古屋~中津川(中央線)
・名古屋~四日市(関西線)
・大府~武豊(武豊線)
となり、静岡地区は来年度(平成19年度)導入の予定とのこと。
遂に名古屋エリアでもICカードのSFシステムが導入されるんですね。関東・新潟・仙台エリアのスイカ、関西のイコカに続いての導入となりますが、名古屋エリアでは「TOkai Ic CArd」の略で「トイカ」。安直なネーミングっつー気もしますが、この点について幾つか。
・飯田線は当分の間は導入対象外?
本数の多い豊橋~豊川はトイカのエリアに入っても良さそうですが、無人駅が原因というなら武豊線にも導入されないはず。少なくとも豊川まで、長くても新城までは導入エリアに含めても良さそうな気はしますが。何故導入されないのか未だに分からないでいます。
・スイカやイコカとの相互利用は当分の間は無し?
サイトで発表された導入エリアの最西端が関ヶ原ということで、米原まで含めなかったのは米原だとイコカと利用可能エリアが続いてしまう(最遠で播州赤穂から二川?)ので各カードエリアにまたがる利用に現時点では対応できないと判断されたからかな?
どこかで読んだ記憶はあるので(どこかは忘れたが)、いずれはスイカやイコカとの相互利用が出来るようになるんでしょうけどね。
同じ名古屋エリアでも近鉄はピタパかイコカを入れると思います。現に名古屋駅のごく一部の券売機で間違えて入れたスルッとKANSAIカード(この時は阪急のラガールカード)が使えて驚いた記憶があるので。
・マスコットキャラはどうなる?
スイカでのペンギン、イコカでのカモノハシみたいなマスコットは出るのかな?名古屋といえば……名古屋城のシャチホコに合わせてシャチとか入れたりして。でもシャチって名古屋市交通局のユリカに描いてあったような・・・
ゆず posted at 22:16 | Com. [0] | TB [1] | Category : JR東海
2006年2月14日
■230.方向幕入手
本日、全くの偶然でJR東海の名古屋地区で使用されていたと思われる方向幕を入手することが出来ました。実物を見る限り、特別快速が入っていないことと通勤快速が入っていることから1997年頃のもの211系用ではないかと思っています。大垣か神領のどちらかは分かりませんが・・・

快速って岡崎から東は各駅停車のタイプだったかな・・・
ゆず posted at 23:58 | Com. [0] | Category : JR東海
2005年9月 9日
■145.エキスポシャトルがいっぱい
大垣から乗車した5300Fは、名古屋の手前で減速し、幾つかポイントを渡ってから中央線ホームに着いた。ドアが開いたと思えばすぐに「名古屋」を「塩尻」に変更し、白地のままだったヘッドマーク部分を裏返して「ナイスホリデー」にして慌しく出発していった。

ヘッドマークがちょっと曲がっているが…(笑)
万博もそろそろ終わりが近づいてきた。今月はこの後に3連休が2回控えているし、人出も多くなると予想されるためか、8月と比べて臨時エキスポシャトルが更に1本増発されている。
実際、この日のエキスポシャトルは朝から超満員で出発していった。あとで知ったことなのだが、この日は25万人以上の入場者を記録したとのことだ。

こちらが本来のエキスポシャトル。神領の211系10連で運用され、神領に所属する211系をフルに使用している。
一方、こちらは中央(西)線の普通列車。通常なら211系か313系が使用されるが、211系は前述の通り不足気味なので313系2連(3000代ワンマン車)や213系も運用に入っている。使える車両は何でも使う、という感じだった。

名古屋8:38発の臨時エキスポシャトル。No.127でも取り上げたように113系で運行されている。神領の113系だけでは足りず、静岡の編成も借り入れて使用している。

この日の万博八草方の先頭車は何とクハ111-2333であった。

ここから先は名古屋駅で見られる列車の一部とか。
まずは383系しなの。名古屋と長野を結ぶ中央線の特急。

関西線の名古屋と奈良を結ぶ急行かすが。以前はキハ58+65で運転されていたが、キハ75に変わっている(中央のドアは締切)。

東海道線の117系。以前は浜松~豊橋~米原の快速が主な活躍の場であったが、313系の投入により今ではほとんど朝夕の運用がほとんど。日中は豊橋や笠寺などで寝ている。

時間が経って、名古屋9:45発の坂下行(5707M)で中津川まで移動することにした。
その前に9:38発の臨時があったなと思いつつ中央線ホームに移動したら、やって来たのはやっぱりというか…113系であった。

<中央西線~松本駅編に続く>
ゆず posted at 23:57 | Com. [0] | TB [1] | Category : JR東海
2005年9月 5日
■144.朝の大垣駅は面白い
2日東京発のムーンライトながらで大垣に着いた。ムーンライトながらでは名古屋まで指定席の編成に乗車していたのだが、小田原から自由席になる編成(4~9号車)は通路までぎっしりで、1~3号車でもデッキには大勢立っておりトイレに行くにも一苦労。ぐったりして、熱海に着いたのは覚えているが…その後目が覚めたら名古屋に停車中であった。我ながら良く寝たものである(苦笑)
名古屋で7~9号車を切り離し、6両編成で大垣へ向かった。途中稲沢では沢山の機関車(とくにEF64)が留置されており、ユーロ色のもいたが色褪せており、先は長くなさそうだった。それともEF65の代わりに長く使われるのかも?
何だかで大垣に到着。大垣には網干行が5分の連絡で接続しており、今までの113系は去年秋に221系に変わった。

大垣名物?のあの標識もしっかりと撮影。(No.008参照)

名古屋まで折り返すまでまだ時間があったので、しばらく大垣駅で列車の撮影。
来年度から204両の大量増備が決定している313系(No.123参照)の新快速や特別快速、311系や117系の普通列車が次々と名古屋方面へと発車していく。

大垣7:35発の快速名古屋行(5300F)で名古屋まで行くことにして、5番線で電車を待った。すると、後ろからDLのエンジンをふかす音が聞こえたので「何事?」と思って振り向くと、14系3両を牽いたDE10(樽見鉄道ではTDE10)の姿が!

ちょうど大垣に到着した所らしく、TDE10を切り離して機回しする準備をしているところだった。
こんな所で客車列車、しかも14系座席車に出会うとは全く思わなかったので驚きの方が大きかった。

樽見鉄道では朝の通勤時間帯に客車列車を運転(206レ・本巣657→大垣728、207レ・大垣746→本巣818 休校日はレールバスで運転)しているのは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
JR東海エリアでは大井川鉄道を除けば、この樽見鉄道が唯一ではないのだろうか?しかも14系座席車となると、JR東海エリアではここだけとなる。
しかし、この14系座席車は樽見鉄道に入線してからかなり経っているようで、色の褪せや錆が所々見られた。

名古屋行が入ってきたので、撮影しようとしたら311系4両。しかもヘッドマーク付き!時刻表をめくって見ると、名古屋8:18発の快速「ナイスホリデー木曽路」にうまく繋がることが判明して納得。
この時間帯、大垣駅の1番線からは各駅停車の静岡行(大垣7:44発、3122F、休日運転)も出ることだし、飽きなかった。
<名古屋駅編に続く>
ゆず posted at 22:25 | Com. [0] | Category : JR東海
2005年8月29日
■140.東海道を東上
No.139の続きになる。飯田線乗車を終え、豊橋には13:01に定刻に着いた。
腹が減っていたので改札内の立ち食いそば屋で冷やしきしめんを流し込んだ後は、今後どうするか時刻表を開いてどうするか考えた。このまま名古屋に向かってしばらく写真撮った後は新幹線で帰京するか、それとも豊橋からひたすら普通列車を乗り継いで東海道を東上するか、である。
結論は出ず、13:37発の快速米原行(5309F)が出るホームまで移動したら、隣のホームには311系の浜松行(3150F)が停まっており、空いていたので迷わず東海道でひたすら東京を目指すことに決め、乗りこんだ。

豊橋13:35→浜松14:07 3150F(311系4両)
この区間で311系に乗るのは初めてだった。311系は6年ぐらい前から静岡に乗り入れるようになっているが、詳しい運用は知らないので、浜松→静岡で乗れたらラッキーかなと思っていた。或いは、JR東海でただ1両のみのデカ目・クハ115-188を含むS8が来る事を期待しつつ、浜松まではあっという間に過ぎた。

浜松14:16→静岡15:29 776M(113系3両)
浜松で乗り継いだ静岡行は113系の3両。しかもクハ111-2204という文字を見て嫌な予感がしたらトイレがついてなかった…
でも、静岡までは1時間と少しだけなので我慢できる範囲だし、もし急な用件(謎)が起きた時は次の駅で降りて駅のトイレに駆け込めば良いと自分に言い聞かせて乗りこんだ。
昼間の東海道はさすがに込んでいて、3両編成は少ないかなという気がしたが、すれちがった下り列車はほとんど211系か113系の3~4連で空いていたからこれはこれで良いのかもしれない。ただ、どこかですれ違った熱海発の豊橋行(たぶん477M)は211系6両(3+3)だったし、トイレは当然の事ながらついていなかった。
運用の都合でこうなったのかもしれないが、熱海→豊橋の長距離列車にトイレ無しのロングシート車が入り、その一方で豊橋→静岡の普通列車には転クロの車両が入る。このアンバランスはどこから来るのだろうか・・・
短距離の利用が多いのでトイレなし車でも大丈夫だと判断されたと思うが、一方では長距離を普通列車で移動するのも少し?だけながらいると思う。近いうちに313系が大量に入ることになるのでトイレ問題も改善されると思うが…

静岡15:45→熱海16:58 1456M(113系8:4+4両)
※画像は1本前の1454Mです
静岡まできた。でも、S8らしき編成は見かけず。すぐに接続していた1454Mで熱海に行っても良かったが、少し疲れていたのと混雑していたので1本落として次の1456Mを待った。
隣のホームでは776Mで着いた113系C編成に別の4両編成を増結しており、いったん引き上げ線に回送されていった。
熱海行きは今までと違い、8両なので余裕たっぷりである。しかも静岡まではゆっくり走っていた(ように感じた)が、静岡→熱海では早く感じた。単に私の思い過ごしかもしれないが、静岡を境に最高速度でも違うのだろうか?(気のせいだとは思うが)
富士を出たのは覚えているが、朝のムーンライト信州ではあまり眠れなかったので、熱海到着直前まで寝ていたようでほとんど記憶にない。それでも途中何度かは目が覚めた。

熱海17:03→東京18:47 890M(113系15:11+4両)
いよいよ東日本エリアに入った。熱海の発車を知らせる音がベルではなくメロディだったのでより一層東日本エリアに入ったことを実感できた。結局東海エリアではS8に出会えず、残念。
途中小田原付近まではトンネルが連続するが、すれ違う列車がほとんどE231系ばかりで、113系はあまり無かった。熱海到着直前に伊東線の来宮に停車中だった伊東行もE231系だったし、恐ろしいスピードで113系を置き換えていっているようだ。
小田原から東、東京まですれ違う列車は少し113系が増え、211系も初めて見たもののE231系が半分ぐらいで、来年の今ごろはどうなっているのだろうか…と思った。今は14号車の更新車のボックスに座っているものの、来年を待たず秋か冬には890MはE231系に変わっているかもしれない。
東京には定時に豊橋を出てから5時間と少しで着いたが、思ったより短く感じた。
既に113系の後継車両が量産、或いはこれから新製される。来年か2年後の今ごろに同じ時間・同じルートで東海道を東上した場合は、どうなっているのだろうか。
ゆず posted at 21:48 | Com. [0] | Category : JR東日本, JR東海
2005年8月28日
■139.ついカッとなって飯田線
青春18きっぷの消化も兼ねて、27日新宿発の快速ムーンライト信州81号で飯田線を訪問してきた。
あまり眠れず、松本に着いた後は折り返し5:45発の高尾行きで一旦上諏訪まで戻ったあと、上諏訪始発の天竜峡行1426~222Mに天竜峡まで乗車。こちらは辰野~伊那松島間でワンマン運転である。

飯田線は元々私鉄だったので、少し走ってはすぐに次の駅に着くという感じ。辰野から天竜峡まで79.5kmだが、駅の数が非常に多いのと交換待ちで2時間43分かかっている。山を隔てて平行する中央西線の場合、同じぐらいの距離(塩尻~南木曽)を1時間20分ぐらいで走る。
途中、知人と車内で偶然出会い、天竜峡乗り換えで新城まで行かれるというので私も豊橋まで行くことにした。

天竜峡からはM+Eの3両編成だった。飯田線では119系E編成(2両)が基本で、単行運転が可能なM編成とワンマン用のR編成(2両)に分けられる。途中、中部天竜付近までは進行方向右側に天竜川が寄り添い、トンネルが続くがダイナミックな車窓が展開するので飯田線でも好きな区間である。

伊那小沢で伊那路1号と交換するためしばらく停車。トンネルの中から4つのランプが見えた途端、ポイントを渡るためゆっくりと減速して入ってきた。

中井侍に止まり、トンネルを幾つか抜けて静岡県区間に入ると駅名標が少し変わっていた。この7月から飯田線沿線の佐久間町・水窪町等が広域合併によって浜松市に編入されたためである。ご覧のように秘境駅で有名な小和田も「静岡県浜松市」に変わっていた。やっぱり違和感が・・・
途中出馬まで「浜松市」に変わっているのを確認しながら南下していった。知人と新城で別れた後は豊橋に行くだけなので車窓をボーっと眺めたりしているうちにいつの間にか豊橋についたという感じである。

この後はまだ時間があったのでせっかく青春18きっぷで来ている事だし、通常なら新幹線で帰る所を鈍行を乗り継いで帰京した。これに関してはいずれ改めて。
ゆず posted at 23:15 | Com. [0] | Category : 飯田線, 飯田線・小和田駅, JR東海
2005年8月 7日
■127.113系のエキスポシャトル
この週末を利用して、東海・近畿地方のJRや大手私鉄の乗り潰しをしてきた。今回はいずれ少しずつ報告していく予定である(その前に7月の北海道旅行早く書かんと・・・汗)。
臨時を含めたムーンライトながらが全て満席で、ギリギリまで調べてもらったが遂にキャンセルは出なかった。新宿から夜行バスで名古屋まで行ったのだが、夜行バス自体4台続けての運行だったので、夜行バスの席を確保できただけマシな方だったのかもしれない。恐るべし万博パワーである(なんのこっちゃ)。
今回名古屋まで行ったわけは、朝の臨時エキスポシャトル(6:57発と8:38発)に113系が入っていると情報を得たので撮影してみようと思ったわけである。
バスは定刻より15分ほど早く名古屋駅前のバスターミナルに着いた。この時点で5時45分頃で、まだムーンライトながらは大府の辺りを走行中のはずである。冷房の効いたバスから降りた途端、ムアッとした暑さが込み上げてきた。本日も暑くなりそうだなとうんざりしながら。
まず、臨時1本目のエキスポシャトルであるが、こちらは211系であった。

ちょっとがっかりしたものの、万博期間にしか運転されない列車なので記録になるかと思い撮影した。
次の臨時は8時半頃である。まだ時間があったので、まだ未乗車だったあおなみ線の名古屋~金城ふ頭間を往復してきた。あおなみ線の車両はゆりかもめと京成3000系とE231系を足して3で割ったような感じだった。
あおなみ線往復を終えて再び中央線ホームに行ってみたら113系の姿が。近寄ってみたらしっかりと「快速エキスポシャトル 万博八草」の文字が!


しっかりと記録できたので満足。次の目的地に向けて近鉄のホームに移動した。
(関西編はいずれアップしたいと思っています)
ゆず posted at 23:54 | Com. [0] | TB [1] | Category : JR東海
2005年7月27日
■123.JR東海313系増備
何とか夏風邪も良くなってきたのでそろそろこちらのほうも再開することにしよう。数年ぶりの夏風邪だったが、健康のありがたみを改めて感じた。夏風邪だけでなく普段から健康にはに注意を。
ここから本題。
JR東海のリリース「在来線車両の新製について」によると、
今回、老朽化した車両234両を廃車し、新たに204両を新製することとし、輸送サービスの向上、および、より一層の安全性の向上を図ります。
今回新製するのは313系で204両。更に、
(3)主な走行線区
東海道線全線、中央線、身延線、御殿場線など
とある。置換えの対象となると思われるのは、1970年代に製造のは113系・115系+α。
実際には神領の113系…38両、静岡の113系…165両、115系…S編成24両、計227両。これに123系7両を足せば234両と合う。
※115系B編成39両、117系72両、119系55両(R4編成が解体されたようなので2両マイナス)は1980年代に製造されたため除いてある
さて結果はどうなることやら…?
313系に新たな区分:セミクロスの3両タイプ(1500代の車内を3000代にしたようなもの)が出るのか、転クロのまま熱海まで乗り入れるのか、気になるところではある。

増備が決定した313系 名古屋にて
ゆず posted at 23:25 | Com. [5] | TB [1] | Category : JR東海
2005年6月26日
■104.沼津遠征おまけ話
今回は、昨日沼津まで遠征した時のおまけ話。

新宿に着いたら、13:50発のあさぎり5号があったのでそれに乗るつもりだったが、13:40のスーパーはこね27号がVSE運用なのを思い出しダメもとで特急ホームの券売機で空席を確かめた所あったので即購入。

小田原までの1時間少々があっという間に感じられた。久しぶりに乗ったロマンスカーらしいロマンスカー、また乗ってみたいものである。
ちなみに鉄道模型を予約してしまったのは言うまでもなく…(謎)

小田原から熱海まではう後ろの211系(15両)、熱海から沼津まではこの115系S7編成に乗車した。ちなみにクハの車内は鋼製ドアで、黄緑色に塗装されていた。
いつもこの区間を昼間に通るたびに思うのだが、3両編成といった短編成が多いように思う。特に東京口の15両から静岡口の3両へ乗客が集中するわけだから、もう少し両数を増やしてほしいと思う。
(乗車していた熱海~沼津は立ち客多数でした)

ちなみに、熱海15:57発の豊橋行は211系6両であった。

沼津まで行った記念に駅名標を撮影。

東京口では姿を消した(と思われる)パタパタ式の案内が沼津では現役だった。他には三島や静岡もそうだったと思う。
ちなみに乗車したのは17:07発熱海行で、やはり?3両だった。

伊豆急の200系(元はJR東日本の115系である)。
中央東線で活躍していた車両で、豊田区から松本区を経て伊豆急に来たのだが、最近では東急8000系が入線しており先行きも長くないと思われる。

熱海で乗り継いだ快速アクティー東京行。ご覧のようにE231系であった(個人的には113系だと思っていたのですが・・・)。
遂に静岡県内のJRでも4ドア車に乗る日が来るとは思わなかった。
ゆず posted at 23:40 | Com. [0] | Category : その他私鉄, 大手私鉄:小田急, JR東海
2005年5月 4日
■068.只今豊橋

ムーンライトながらと豊橋駅名標
只今豊橋。ながら車内ではあまり眠れず、寝不足気味…

これに途中まで乗った 501M 豊橋にて
ボーっとしている頭を何とか起動させて、豊橋駅の改札を抜けて駅前のコンビニで食料を確保してから飯田線ホームにあるベンチで早めの朝食とした。飯田線の始発まで1時間半ほど時間があるのだが、本を読んだり携帯からネット上の掲示板を見ているうちにあっという間に時間が経ち501Mに乗りこんだ。
今回は未乗降駅の訪問を考えていたので途中寝過ごさないように。そればかり考えていたような気が…

名鉄の豊橋駅始発電車となる中部国際空港ゆき 豊橋にて
隣の名鉄ホームには特急・中部国際空港行きが入ってきた。最初は名鉄岐阜行きだと思っていたのだが、中部国際空港行きと知って驚いた。が、今回だけでなく3月にも見ているが、海外旅行用鞄を持っている方を何人も見かけたので、豊橋始発の電車を中部国際空港行きとして運転するのは正解かも。
ゆず posted at 05:53 | Com. [0] | Category : その他私鉄, 飯田線, JR東海
2005年5月 3日
■067.只今東京駅

只今東京駅にいる。
これからムーンライトながらで西へ向かい、豊橋で下車して飯田線に入りそのまま北上し辰野へ抜けて、辰野からは中央線まわりで帰宅予定。
久しぶりの飯田線北部なので楽しみな点もあるが、強行軍気味なので寝てしまわないか心配…
ゆず posted at 23:39 | Com. [0] | Category : JR東海
■066.あさぎり2姉妹
本日夕刻、下北沢に用事があったのでそれを片付け、下北沢から小田急に乗ってみた。
新宿に着いて特急(VSE)の撮影をしようと思ったら、371系のあさぎり7号と20000形のはこねがホームを挟んで並んでいた。

小田急20000形

JR東海371系
どちらも1991年に誕生した系列で、これまでに新宿-御殿場間でSSEこと3000形で運転されていたのを新宿-沼津に拡大し特急化すると同時に、相互乗り入れと言う形でJR東海も小田急新宿まで行くことになった。
JR東海の371系は1編成しかないので、検査時は20000形があさぎりを代走することになる。
ゆず posted at 21:22 | Com. [0] | Category : 大手私鉄:小田急, JR東海
2005年4月20日
■056.JR東海115系 実物編
模型の115系の資料を探しているうちに、(私が)JR東海の115系を撮った画像はあまりないことに気がついた。
その中から1枚紹介しようと思う。

飯田にて 2001.3
残念ながら編成番号札がはっきりしないためどの編成かは不明なのだが、クハの窓の隅が丸みを帯びていることから、サハから改造されたうちのS2~S7のどれかではないかと思う。S1はクハも1000番台、S8はクハが大目玉のクハ115-188なので除外。
画像の115系は多分、長野から直通してきた天竜峡行を写したものではないかと思う。たぶんS2・S3・S4のどれかではないかと思うのだが、前にも書いたように特定する手がかりがないのだ。これが旧型国電だったら細かい所のパーツを見極めて車両を特定していくところだけど・・・
なお、幌はクハに付いているので飯田線仕様ということがわかる。
ゆず posted at 21:55 | Com. [0] | Category : 車両形式:国鉄型車両, JR東海
2005年2月21日
■017.品川駅の新幹線ピクトグラム
先日の「東京駅の新幹線ピクトグラム」の続きになる。
帰り道、品川駅の新幹線ピクトグラムはどうなっているのかと思い確かめてきた。
結論から言うと、品川駅は全て700系タイプだった。
ただ東日本エリアは暗め、東海エリアは少し明るめと微妙に違っていたが…。東北新幹線のある上野や大宮はどうなっているんでしょうね?

東日本エリアのもの。色が少し暗め

コチラは東海エリア。色が明るめ
ゆず posted at 23:57 | Com. [0] | Category : JR東日本, JR東海
2005年2月15日
■013.東京駅の新幹線ピクトグラム
東京駅で「あさかぜ」を撮影した日のこと。
いったん改札を抜けて、入場券を買おうとしたら、東海道新幹線の案内標識が目に入った。

ピクトグラムには700系が使用されていて、他には…と見回したら100系バージョンのもあった。

JR東日本エリアになると、0系(200系?)に変わっていた。

ここまで来ると1つ足りないのがあるのだが、いくら探しても見当たらなかった。
参考までに東西線大手町駅~東京駅八重洲側通路の間には在来線用なのか、211系のもあった。
ただJR東日本の211系か、JR東海で活躍する5000番代なのかは分からなかったけれど(^^:
※画像は撮影していなかったのでまた今度m(__)m
300系のものはやっぱり静岡か名古屋の方にあるんだろうか?
来月に名古屋へ行く予定があるのでその時に確かめてみたい。
ゆず posted at 23:36 | Com. [2] | Category : JR東海
2005年2月 8日
■008.構内10km/h以下
携帯のメモリを(略)画像紹介の第2回目。
しかし、このタイトル長いなぁ…もっとちゃんとしたタイトルつけなければ…(汗)
以前、雑記用のブログで書いたことがあったのだが、今年の正月に関西方面へ出かけてきた。
ムーンライトながら91号・指定は10号車(爆)で品川を発ち、大垣に着いたのは翌朝5:55。すぐに姫路行3205F~729M(ムーンライトながら91号で大垣着が平日のときは205F~731Tの網干行)が連絡しているのだが、急ぐ旅でもなかったので次の6:31発の姫路行3207F~735T(平日は207F~735T姫路行)を待った。

大垣で30分近い時間を潰している間に気がついたのだが、この「構内10km/h以下」という標識。

この「構内10km/h以下」という標識には思いっきり心当たりあるんだよね、俺(汗)
青春18きっぷを使用するようになってから、何度か165系時代の375M・ムーンライトながらで大垣に到着した後は数分で接続する姫路または網干行に乗り継ぐために、階段を駆け上がってコンコースを走り、また階段を駆け下りて座席を確保する、いわゆる?『大垣ダッシュ』を何度かしたことがあった。
この大垣ダッシュは相当危険だと思うので最近はしていないが、駅の方に苦情が相当行っているのだろうか(汗)、走るなって意味でこの標識をつけたんだと思うんだけど…真相はいかに?
ちなみに、大垣発の姫路or網干行は昨年(2004)10月から221系または223系に変わっている。
以前は網干の113系で、車内の広告やアーバンネットワークの路線図を見るたびに関西まで来たことを実感した。